【前回記事】
この記事は、著書“心理学をつくった実験30”を参考に、”パヴロフの犬”や”ミルグラム服従実験”など心理学の基礎となった実験について紹介します。
「あの心理学はこういった実験がもとになっているんだ!」という面白さや、実験を通して新たな知見を見つけてもらえるようまとめていこうと思います。
今回のテーマは“ワトソンの恐怖条件づけ(アルバート坊やの実験)”です。
ワトソンの恐怖条件づけ
【本書より引用(要約)】
ジョン・ブローダス・ワトソン(1878~1958年)
20世紀に入ると、ソーンダイクらの研究が知られていくにつれて、心理学で動物実験を行うことは、ごく当たり前になってきました。
1913年、米ジョンズ・ホプキンズ大学の教授であったジョン・ブローダス・ワトソンも動物を使って心理学を研究する者の一人でした。
彼は「心理学は、自然科学の中の純粋で客観的な実験的領域の一つであり、その理論的な目的は行動を予測し、コントロールすることにある」という胸の論文を発表し、ヴントらが行っていた内観法に疑問を呈していました。
内観法は、実験の被験者が経験した心理的な現象を報告してもらい、それをデータにして研究を進めます。
極端なことを言えば、被験者が自分に都合のいいように嘘をついていても、心理学者にはわからないという問題点もあります。
ワトソンは、心理学が科学的な分野の一つであるならば、客観的中立性が保証されるような方法を用いなくてはならないが、現時点ではそれができていないと主張したのです。
そこで彼は動物を使い比較心理学の研究に傾倒していくことになります。
しかし、動物実験に従事するワトソンは、「動物心理学は人間の心理学に対してどのような意味があるのか」と問われた際、答えに困ることが多かったそうです。
では、心理学はどのように研究されるべきなのでしょうか。
ワトソンは、統制された実験方法で行動を研究するという動物実験の方法をそのままに、人間にも同じように適用し、それを徹底すべきであると主張しました。
ここから彼の心理学での目的は、“ある刺激を人や動物に入力した時、どのような行動が帰ってくるかを予測する”ことに重きを置くようになりました。
彼は、ソーンダイクの問題箱やパヴロフの条件反射の実験のように、外的な刺激を受けて新しい反応や行動を身につけ学習するプロセスを説明するために研究を進めます。
その研究の一つが、“アルバート坊やの実験”です。
アルバート坊やの実験
ワトソンは、人間の心は生まれた時はほぼ白紙状態であり、全ては条件づけを通して身につけるものだと考えていました。
感情についても、生まれつき備わっているものは“怒り、恐れ、愛情”という基本的な三つだけで、それ以外の複雑な感情は、生後その時々に全ての条件付けによって獲得されるという立場を取りました。
それを実証付けるために行われたのが、このアルバート(仮名)という生後11カ月の男児を対象とした実験です。
以下は、実験の主な流れをまとめたものです。
【9ヶ月齢】
実験のおよそ二か月前、アルバートは白ネズミ、ウサギ、イヌ、サルや仮面などを見せられ、これらに対し恐怖を示さないことを確認しました。
また、このころ長さ1メートルはある鉄の棒をアルバートの後ろに吊るし、それをハンマーで叩いて大きな音を鳴らしました。
この時、アルバートの口が歪み、震え叫ぶなどの恐怖を示す反応が生じました。
以上を踏まえ、実験は11ヶ月齢からスタートしました。
【11ヶ月3日】
シロネズミがアルバートの前に現れる
↓
アルバートは手を出し、ネズミを触ろうとする
↓
すぐ後ろで鉄の棒が叩かれ、大きな音が鳴らされる
↓
アルバートは驚き、飛び上がって倒れる
↓
再びネズミに触ろうとする
↓
また鉄の棒が叩かれ、大きな音が鳴らされる
↓
アルバートは倒れて泣く
【11ヶ月10日】
シロネズミがアルバートの前に現れる
↓
アルバートは体をこわばらせる
↓
近くに来ると手を伸ばすが、ネズミの鼻が当たると手を引く
↓
次に積み木を与える
↓
アルバートは積み木では静かに遊んだ
↓
ネズミと鉄の棒を叩く音を一緒に提示する
↓
アルバートは驚いて倒れる
↓
再びネズミと鉄の棒を叩く音を一緒に提示する
↓
アルバートはネズミから逃げようとする
↓
突然、ネズミだけを見せる
↓
アルバートは泣き出し、ネズミから逃れようとする
……
以上の実験をまとめると、こうなります。
“アルバートは初め、シロネズミを怖がらなかったが、鉄の棒を叩くことによる不快な騒音と一緒にネズミを繰り返し提示されると、やがてネズミを見ただけで恐怖を抱くようになる”
これは、パヴロフの条件づけと全く同じ構造であることが分かります。
ワトソンはこの実験によって、人が様々な感情を条件付けによって学習することを示したかったのです。
アルバート坊やのその後
実際にはこの後もワトソンの実験は続き、アルバート坊やはネズミだけでなく、ウサギや毛皮のコートなどに対しても同様に恐怖心を示すようになりました。
その後アルバート坊やは、恐怖心を取り払うための実験的な治療がなされたそうですが、その後の行方は分かっていません。
一説によれば、家族に引き取られて高齢になるまで幸せに暮らしていたとも言われています。
この実験には倫理的な批判もありましたが、人間にも条件づけができることが分かり、動物だけでなく人間に対しての行動の研究も大きく発展していくことになります。
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