人間の体の中で最も大きな臓器である肌は、単なる外見の要素に留まりません。
肌は、環境毒素や病原体、汚染物質などの外部ストレス要因に対する「第一防御線」として機能する一方で、体内の健康状態を反映する役割も持っています。
最新の研究では、腸と肌が「腸-皮膚軸(gut-skin axis)」を通じて密接に連携していることが示されており、かゆみや赤み、発疹、鱗状の皮膚といった症状は、腸内の異常と関連している可能性があると言われています。
本記事では、そんな各種の研究から判明した腸と皮膚の関係についてまとめていきます。
腸内細菌叢と皮膚疾患の関係
腸内細菌叢は、腸内に生息する微生物群の総称で、私たちの健康を支える重要な役割を果たしています。
この細菌叢は、感染症の予防、免疫システムの調整、ビタミンの合成、さらには炭水化物の分解など、幅広い機能を持っています。
腸内細菌叢の構成や多様性、機能は、ストレス、食事、アルコール摂取、運動、抗生物質の使用といったさまざまな要因の影響を受けます。
特に、腸内の良い細菌と悪い細菌のバランスが崩れる「腸内細菌叢の異常(ディスバイオシス)」が発生すると、腸のバリア機能が低下し、本来腸を通さない異物や老廃物が血液中に漏れ出す状態になります。
この状態はリーキーガット(症候群)と呼ばれており、微生物毒素や食物抗原、さらには病原菌が血流に侵入するため、免疫系の反応が変化し、アトピー性皮膚炎、乾癬(かんせん)、酒さ、にきびなどの炎症性皮膚疾患が発生するリスクが高まります。
アトピー性皮膚炎(湿疹)と腸内細菌
アトピー性皮膚炎は、慢性的な炎症性皮膚疾患で、特に5歳以下の小児に多く見られます。
研究によると、アトピー性皮膚炎の患者では、腸内のバクテロイデス(Bacteroidetes)やビフィズス菌(Bifidobacteria)といった良い細菌が少ないことが報告されています。(The Intestinal and Skin Microbiome in Patients with Atopic Dermatitis and Their Influence on the Course of the Disease: A Literature Reviewより)
これらの細菌は、腸内で病原菌の侵入を防ぎ、腸の健康を保つ重要な役割を果たしています。
さらに、腸内で短鎖脂肪酸(SCFA)の一種である酪酸を生成する細菌の数が減少していることもわかっています。
酪酸は、腸の上皮バリアを支えるだけでなく、抗炎症作用を持ち、免疫システムの調整を助ける重要な物質です。
腸内細菌叢バランスに影響を与える4つの要因
腸内細菌叢が私たちの免疫、代謝、そして生理機能に深く関わっていることが近年の研究で明らかになっています。(Gut-Skin Axis: Role in Health and Diseaseより)
ここでは、腸内細菌叢のバランスに影響を与える主要な要因について詳しく見ていきます。
1. 幼少期の腸内細菌叢の形成
幼少期は、腸内細菌叢と免疫システムが発達する重要な時期です。
出生時、特に自然分娩で生まれた赤ちゃんは、母親の腟内細菌を最初に取り込みます。(The Role of Bifidobacteria in Predictive and Preventive Medicine: A Focus on Eczema and Hypercholesterolemiaより)
これにはEscherichia coli、Bifidobacterium、Bacteroidesが含まれ、腸内環境の初期形成に大きく寄与します。
さらに、母乳に含まれる乳酸菌や連鎖球菌も腸内環境を整える重要な役割を果たします。
2. 抗生物質の使用
抗生物質は感染症治療に不可欠ですが、腸内細菌叢への影響は避けられません。
抗生物質は悪い細菌だけでなく、腸内の良い細菌も損傷します。
研究では、抗生物質使用後、腸内細菌叢が完全に回復するまでに2年以上かかる場合があると示されています。(The Intestinal and Skin Microbiome in Patients with Atopic Dermatitis and Their Influence on the Course of the Disease: A Literature Reviewより)
特に皮膚疾患が誤って感染症と診断され、不必要な抗生物質治療が行われることを避けることが重要です。
3. プロバイオティクスとプレバイオティクス
腸内細菌叢は、プロバイオティクスやプレバイオティクスを摂取することで強化され、湿疹などの皮膚疾患の管理に役立ちます。
プロバイオティクスは有益な微生物であり、小腸や大腸の上皮細胞の結合を促すことで病原体の侵入を防ぎます。
また、プロバイオティクスはバクテリオシンという抗生物質様のタンパク質を生成し、病原体の発育を抑制します。
一方、プレバイオティクスは消化管で消化・吸収されない食品成分で、プロバイオティクスのエサのようなものです。
短鎖脂肪酸の生成をサポートし、免疫応答を強化することで腸のバリア機能を強化します。
プロバイオティクスとプレバイオティクスは、病気の予防のために腸内細菌叢のバランスを整えるのに役立ちますが、病中や病後にこのバランスを回復するのは難しいです。
そのため、湿疹などの疾患の治療を補完する手段として活用できます。
4. 食事
腸内細菌叢の健康において、食事は最も直接的な影響を与える要因の一つです。
研究によれば、グルテンは腸内細菌叢の異常(ディスバイオシス)を含むさまざまな健康問題の原因となり得ます。(Impact of gut microbiome on skin health: gut-skin axis observed through the lenses of therapeutics and skin diseasesより)
この影響は特に、グルテンに対して過敏な人やセリアック病患者において顕著に見られます。
グルテン過敏症とリーキーガット症候群は、互いに悪化を引き起こす関係にあります。
つまり、グルテンを摂取することで腸のバリア機能が損傷し、腸の透過性が増加して「漏れやすい」状態になると、異物が血流に入り込みやすくなります。
この結果、免疫系が過剰に反応し、全身に炎症を引き起こします。
これらの炎症は湿疹などの皮膚疾患を誘発する可能性がありますが、同時にリーキーガットはグルテン感受性をさらに高め、腸のバリアにさらなる損害を与える悪循環が生じます。
さらに、糖分を多く含む食品、グルテン、植物油脂、アルコール、そしてジャガイモやピーマンなどのナス科の野菜も腸内細菌叢の構成を変化させることが研究で明らかになっています。
たとえば、糖分を過剰に摂取すると、大腸内で大腸菌(E. coli)の増殖が促進され、腸内細菌叢の働きが悪化する可能性があります。
これらの食品は腸内の炎症を引き起こし、腸壁を刺激してディスバイオシスを誘発し、微生物の多様性を減少させるとともに炎症を増加させます。
一方で、食物繊維が豊富な食品は、腸内細菌叢のバランスを回復させ、有益な細菌の成長を促進し、炎症を引き起こすシグナル伝達分子(サイトカイン)の量を減少させる効果があります。
これらの食品には、ラズベリー、洋ナシ、バナナなどの果物、玄米や全粒パン、豆類といった炭水化物、ブロッコリー、グリーンピース、芽キャベツなどの野菜が含まれます。
また、発酵食品も腸内細菌の多様性を高めるのに役立ちます。
炎症性皮膚疾患の発症と腸内細菌叢のディスバイオシスとの関係がますます明らかになる中で、腸の健康を保つことの重要性が増しています。
幼少期の腸内細菌叢の形成や抗生物質の使用は必ずしもコントロールできませんが、食事に気を配り、プロバイオティクスやプレバイオティクスを活用することで、腸内環境をサポートすることが可能です。
腸の健康を意識した生活は、全身の健康や皮膚の健康を向上させる大きな鍵となります。
まとめ
・腸内細菌叢のバランスが乱れると、炎症性皮膚疾患(アトピー、乾癬、にきびなど)のリスクが高まる
・幼少期の腸内細菌形成、抗生物質の使用、食事、プロバイオティクス・プレバイオティクス摂取が腸内環境の健康に影響を与える
・食物繊維や発酵食品は腸内環境を改善し、肌の健康をサポート
・一方、グルテンや糖分の多い食品は腸の炎症を悪化させる可能性がある
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