日常生活の中で、記憶力の低下や集中力の持続に不安を感じることは誰にでもあるものです。
そうしたとき、私たちはよく脳トレアプリやパズル、あるいは数独やWordle(ワードル)のような頭脳ゲームに頼ることもあります。
南オーストラリア大学による最新の研究レビューは、脳の健康を守り、思考力や記憶力を高めるために最も有効なのは、実は「運動」であるということが明らかにしました。
今回紹介するテーマとして、以下の研究を参考にまとめていきます。
参考研究)
研究内容:脳に効く「運動」の本当の力とは?

本研究では、合計2700件以上の先行研究と、25万人を超えるデータが行われ、運動が脳に与える影響を多角的に検証されました。
その結果、ウォーキング、ヨガ、サイクリング、ダンス、さらにはPokémon GOのようなアクティブなビデオゲームを含むあらゆる種類の運動が、記憶力や集中力、意思決定能力の向上に寄与することが科学的に裏付けられました。
この研究が注目される最大の理由は、年齢を問わず、運動によって脳機能が明確に向上するという点にあります。
研究者たちは、過去に発表された130件以上の高品質なレビュー論文をもとに、脳機能の3つの主要分野について運動が与える影響を調査しました。
1. 認知機能(cognition):学習、論理的思考、意思決定など、脳の総合的な処理能力
2. 記憶力(memory):特に短期的な記憶力や、自分自身の体験を覚えておくエピソード記憶
3. 実行機能(executive function):集中力、問題解決力、感情の調整、行動の計画性など
上記のうち、「1. 認知機能」についての分析結果 その他のデータは参考論文にて。↓
これらの分野において、運動は「小〜中程度」の改善効果をもたらすとされましたが、これは一時的な効果にとどまらず、長期的な認知能力の向上につながる可能性があると評価されています。
特に、子どもやティーンエイジャーでは記憶力に顕著な改善が認められ、また、ADHD(注意欠如・多動症)の人々においては、実行機能の著しい向上が観察されました。
12週間でも脳に変化が現れる
驚くべきことに、多くの研究で、運動習慣を始めてからわずか12週間ほどで、認知機能や記憶力の改善が確認されたと報告されています。
これは、特別なトレーニングや高額な機器を必要とせず、シンプルに身体を動かすだけで、脳がそれに応じて変化していくことを意味します。
特に効果が高いのは、1回30分程度の運動を週に5回以上、つまり週150分の運動習慣を継続することです。
この程度の運動であれば、日常生活に無理なく取り入れることが可能であり、誰にでも実践できるレベルと言えるでしょう。
運動が物理的に脳を変える:海馬の増大と神経可塑性
軽い運動が脳機能に影響を与えるのは、単なる「気分の変化」だけではありません。
科学的に見ても、運動は脳の構造そのものに変化をもたらすのです。
例えば、記憶や学習を司る「海馬(hippocampus)」のサイズは、年齢とともに徐々に縮小していくことで知られていますが、ある研究では、高齢者が1年間にわたって有酸素運動(ジョギングやサイクリングなど)を行った結果、海馬の容積が2%拡大したと報告されています。(Exercise training increases size of hippocampus and improves memoryより)
これは、加齢によって失われるはずの1〜2年分の脳の萎縮を逆転させたことを意味します。
さらに、運動は「神経可塑性(neuroplasticity)」と呼ばれる、脳が新しい情報に適応したり、神経回路を再構築したりする能力を高める働きも持っています。
これにより、思考の柔軟性が高まり、新しいスキルの習得や問題解決能力の向上につながるのです。
激しい運動でなくてもOK
脳のために運動が必要だと聞くと、筋力トレーニングやマラソンのような「ハードな運動」を想像する方も多いかもしれません。
しかし今回の研究では、ヨガや太極拳、アクティブなビデオゲーム(exergames)など、軽度で比較的簡単に行える運動でも、脳機能の改善が見られることが確認されています。
太極拳のような運動は、動作の順番を覚えたり、身体のバランスを取ったりする必要があるため、運動と同時に脳も活性化されるのです。
また、Pokémon GOやWii Sportsといったアクティブゲームは、リアルタイムでの判断や反応が求められるため、注意力や判断力を鍛えることにもつながります。
こうした運動は、体力に自信がない人や、運動に慣れていない高齢者にも適しており、家庭や屋外など場所を選ばず取り組めるという利点があります。
社会全体での取り組みが脳の健康を支える
世界中で高齢化が進む中、認知症やアルツハイマー病、その他の認知機能低下のリスクは今後ますます高まると予測されています。
2030年には、世界の人口の6人に1人が60歳以上になるとされており、これは私たち一人ひとりが「脳の健康」を意識した生活を送ることの重要性を強く示唆しています。
一方で、成人の約3人に1人が、世界保健機関(WHO)の推奨する運動量に達していないというデータもあります。
こうした現状を踏まえ、今回の研究は、日常生活の中に運動を意識的に取り入れることが、個人だけでなく社会全体の健康寿命を延ばす鍵となると提言しています。
実際に、多くの職場や学校では、短い運動休憩を取り入れる試みや、授業に運動を取り入れるプログラムが導入され始めており、集中力や学習効果の向上といった成果も報告されています。
日常に取り入れやすい運動の例

研究結果を日常生活に応用することで、より健康的なライフスタイルを取り入れることができるでしょう。
例)
• 祖父母が孫と一緒にWii Sportsでバーチャルテニスやボウリングを楽しむ
• ADHDの兆候がある子どもが、ダンスや格闘技などのリズム運動に取り組む
• 多忙なビジネスパーソンが、会議の合間に20分のエクササイズやヨガの動画でリフレッシュする
などなど、簡単にでも体を動かすだけでも、「脳トレ」としての運動を日常に組み込むことができることは、運動が苦手な人にとっても重要な発見ではないかと思います。
しかも、これらは単に脳の働きを良くするだけでなく、睡眠の質やメンタルヘルスにも良い影響を与えるという多面的な効果も期待できるものです。
身体の不調を感じる場合や日々の生活に活力がないという自覚がある場合、軽く散歩でもしてみると、気分が晴れやかになるかもしれませ。
まとめ
・運動は、認知機能・記憶力・集中力など脳の重要な働きを向上させることが科学的に証明されている
・ウォーキングやアクティブなゲームなど軽度な運動でも十分に効果があり、年齢や体力に関係なく誰でも始められる
・1日30分・週5回の運動習慣を続けることで、脳の健康を守り、加齢による認知機能の低下を予防できる
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