腸と脳の関係が注目されて間もない昨今。
それと同時に、腸における微生物、いわゆる腸内細菌の重要性についても、日に日に明らかになっています。
ノースウェスタン大学が発表した新しい研究によると、人間の腸内細菌叢は、エネルギーを蓄えるよりも脳に供給するエネルギーを生産することに重点を置いていることがわかりました。
この仕組みは、人間の脳が他の動物と比べて相対的に大きい理由を説明するヒントになるかもしれません。
今回のテーマとしてまとめていきます。
参考記事)
・Unusual Activity in Our Guts Could Have Helped Our Brains Grow Larger(2024/12/24)
・We may finally know how your brain got so big(2024/12/03)
参考研究)
・The primate gut microbiota contributes to interspecific differences in host metabolism(2024/12/02)
研究の背景
人間の脳は、進化の過程で著しく大きくなりました。
人間の脳は体重の約2%しか占めていませんが、全エネルギーの20%以上を消費します。
これは他の哺乳類と比較して、人間の脳は体全体で消費するエネルギーの割合が極めて高いです。
進化の過程で、こうした高エネルギー消費の脳を維持するために、身体全体の代謝システムがどのように調整されてきたかは長らく議論されてきました。
近年、腸がこの代謝システムと関係が深いと考えられるようになってきました。
腸内には数十兆個以上の微生物が存在し、これらは腸内細菌叢(マイクロバイオーム)と呼ばれています。
この腸内細菌叢が脳を含めた身体全体の代謝に影響を与えているというのです。
腸内細菌は食事から得られる栄養素を分解し、宿主(人間)へのエネルギー供給と代謝に影響します。
また、一部の細菌は短鎖脂肪酸やその他の代謝物を生成し、エネルギーの利用方法(糖→脂肪)を変化させることが知られています。
これまでの研究では、腸内細菌が肥満や糖尿病などの代謝疾患に関与することが示されてきましたが、脳のエネルギー需要と関連づけて考えられることは多くはありませんでした。
本研究は、そんな腸内細菌と脳のとの関係を明らかにすることを目的として行われたものです。
腸内細菌が脳のエネルギー供給に果たす役割
前述しましたが、脳は私たちの身体の中で最もエネルギーを消費する器官の一つであり、脳の維持や成長には膨大なエネルギーが必要です。
過去の研究では、哺乳類の中で脳の大きさと身体の成長速度の間にはトレードオフがあることが示されてきました。
つまり、身体が成長に多くのエネルギーを割く場合、脳の成長が制限されるというものです。
今回の研究では、腸内細菌がこうしたエネルギー配分のバランスを調整する役割を果たしている可能性が示唆されました。
ノースウェスタン大学の人類学者であるKatherine Amato氏は、「腸内細菌叢の変化は、霊長類の代謝が脳のエネルギー需要を満たすためにどのように調整されるかを理解する上での未解明のメカニズムの一つである」と述べ、このトレードオフの関係にメスを入れました。
霊長類の腸内細菌の比較実験
研究チームは、「無菌マウス」に3種類の霊長類の腸内細菌叢を移植してその影響を比較しました。
使用された腸内細菌叢は、人間 (Homo sapiens)、リスザル (Saimiri boliviensis)、そしてアカゲザル (Macaca mulatta) から得たものです。
この実験では、マウスの体重、肝機能、脂肪率、空腹時血糖値などが定期的に測定されました。
結果として、人間の腸内細菌を移植されたマウスは、以下の特徴を示しました。
• 高空腹時血糖値
• 高トリグリセリド値
• 低コレステロール値
• 最小限の体重増加
これらの結果は、人間の腸内細菌が脂肪としてエネルギーを蓄えるよりも、脳に必要な糖を生産することを優先していることを示しています。
特に注目すべきは、「脳を優先する」種である人間とリスザルの腸内細菌が、エネルギーを利用しやすくする方向に宿主の代謝を変化させている点です。
一方で、アカゲザルの腸内細菌はエネルギーを脂肪組織に蓄える傾向を示しました。
Amato氏は、「人間とリスザルがそれぞれ独立して大きな脳を進化させた際、腸内微生物のコミュニティもそれを支えるために似たような変化を遂げたと考えられる」と説明しています。
この発見は、腸内細菌が脳の成長を支えるエネルギー供給にどのように貢献したのかを示す重要な証拠となっています。
エネルギー配分のトレードオフ
研究チームによると、人間の発達過程においても脳と身体の成長速度にはトレードオフが見られます。
研究者らは次のように述べています。「人間では、脳のエネルギー需要が高まる幼少期後半には、身体の成長と脂肪の蓄積速度が最も遅くなる」。
幼少期は、人間のライフサイクル全体の中で脳が最も多くのエネルギーを消費する段階です。
腸内細菌がこのエネルギーバランスの調整に重要な役割を果たしていることは、脳の発達や進化を理解する上で欠かせない要素です。
エネルギーを脳に多く配分する場合、他の機能や成長が制限されるというトレードオフが発生します。
以下は研究から判明したトレードオフの関係です。
【幼少期のエネルギー配分】
• 人間の幼少期では、脳のエネルギー需要が最も高い中期(約4~6歳)に、身体の成長速度が最も遅くなる
• これは、エネルギーを主に脳の発達に割り当てているためと考えられる
• また、哺乳類全般で、脳が大きい種は身体の成長速度や脂肪蓄積が制限される傾向がある
【脂肪蓄積と脳のエネルギー消費】
• 人間やリスザルのように「脳優先」の代謝を持つ種では、脂肪としてエネルギーを蓄える割合が低い
• これにより、脳に必要な糖(グルコース)を優先的に利用できるようにしている
• アカゲザルのように、脳が小さい種はエネルギーを脂肪蓄積に優先的に回す傾向が強い
【出産後の母体のエネルギー分配】
• 人間の母親は出産後、脳のエネルギー需要が高い乳児を支えるために、体内の脂肪をエネルギー源として活用する
• 脳のエネルギー需要が低い他の哺乳類では、出産後も脂肪蓄積が優先される場合が多い
脳に必要なエネルギー割合やその種の動物の環境によって、脳と体内のエネルギー利用に違いが生まれているようです。
進化的背景:大脳化とエネルギー供給
人間が進化の過程で大きな脳を持つようになった背景には、食によるエネルギー供給システムや腸内細菌の適応があったと考えられています。
【食によるエネルギー供給】
• 高カロリー食の摂取
肉や脂肪分の多い食事の摂取が増えたことで、脳のエネルギー需要を支える余裕が生まれた
• 調理の進化
食材を加熱することで消化効率が向上し、より多くのエネルギーを利用できるようになった
【腸内細菌の適応】
• 腸内細菌の役割
本研究が示すように、腸内細菌が糖を生成することで脳のエネルギー供給を助けた可能性が高い
• 腸の縮小と脳の拡大
人間の腸は他の霊長類と比べて短いが、腸内細菌の働きでエネルギー吸収効率を補っている
このような進化的なエネルギー配分の仕組みは、人間の健康や病気の理解、さらには治療法の開発にもつながる重要な知見を提供しています。
本研究は、人間の健康や病気の理解に大きく貢献する可能性があります。
脳のエネルギー需要が代謝に及ぼす影響を明らかにすることで、肥満や糖尿病の予防策が見つかるかもしれません。
また、発達障害や認知症など、脳のエネルギー消費に関係する疾患の治療法開発にもつながる可能性があります。
このように、進化的な視点からの研究は、未来の医療や健康管理に新たな道を開くことが期待されています。
まとめ
・人間の腸内細菌叢は、エネルギーを脳に優先的に供給する仕組みを持ち、脳の進化に貢献した可能性がある
・大きな脳を持つ人間とリスザルでは、腸内細菌が似たようなエネルギー利用の特性を共有している
・腸内細菌は、脳のエネルギー需要と身体成長のトレードオフを調整する重要な役割を果たしている
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