【前回記事】
この記事は、著書“心理学をつくった実験30”を参考に、”パヴロフの犬”や”ミルグラム服従実験”など心理学の基礎となった実験について紹介します。
「あの心理学はこういった実験がもとになっているんだ!」という面白さや、実験を通して新たな知見を見つけてもらえるようまとめていこうと思います。
今回のテーマは、“ヴェルトハイマーの運動視野実験”です。
ヴェルトハイマーとゲシュタルト
【本書より引用(要約)】
ゲシュタルト崩壊とは、図形や文字などを最初に見たときにはそれが何かを認識できるのにもかかわらず、一定時間以上注視し続けると似た形態の図形を認知する能力が低下してしまう現象です。
この現象は、そのときに提示された特定のパターンをもった刺激に対してのみ起こります。
例えば、上の図のように「借、借、借、借、借、借、借、借、借…」と何度も書いているうちに、「あれ、“借”ってこんな字だったっけ?」と認知にズレが生じます。
これがゲシュタルト崩壊の典型的な例です。
では、ゲシュタルト崩壊とはなぜ起こるのでしょう。
ここでは、このゲシュタルトに関わる心理学実験について見ていきます。
ヴェルトハイマーの運動視実験
マックス・ヴェルトハイマー(1880~1943年)
マックス・ヴェルトハイマーは、現在のチェコで生まれたユダヤ系の心理学者です。
バールーフ・デ・スピノザの著書と出会い、チャールズ大学やベルリン大学で哲学や心理学を学び、ゲシュタルト心理学の創始者の一人とされています。
彼の有名な実験として、1912年に行われた“運動視野の研究”があります。
20世紀初め頃、ゾエトロープというおもちゃが流行りました。
ゾエトロープ
ゾエトロープは、内側に絵が描かれた環のようなものを回転させ、細い隙間から内側を覗くと描かれた映画アニメーションのように動いて見えるというものです。
ヴェルトハイマーは、これをヒントに運動視の実験を思いつきます。
彼はまず、上の図のような黒い背景に2本の白い線を描いた図形を用意しました。
次にこの2本の線を様々なパターンで交互に極短い時間だけ点滅させ、その先がどう見えるのかを調べました。(点滅は必ず交互で、同時に光らせることはしません。)
ではその実験を体験してみましょう。
まずは点滅の間隔を30ミリ秒にして2つの線を見てみると……。
30ミリ秒(0.03秒) 2つの点滅のタイミングは認識できず、同時に点灯しているように見えます。
では次に点滅の間隔をもう少し遅めの200ミリ秒にして線を見てみます。
200ミリ秒(0.2秒) 2つの線の点滅がはっきり見えてきましたね。
人によってはこの時点で線が寝たり起きたりしているように見えるかもしれません。
では最後に500ミリ秒の間隔で線を見てみましょう。
500ミリ秒(0.5秒)
ただ交互に点滅しているだけなのに、車のワイパーのように線が動いて見えないでしょうか?
また、ここから一定以上遅くすると滑らかな動きは見えなくなってしまいます。
これが運動視と呼ばれる現象です。
このような現象自体は当時も知られていましたし、そもそもその原理を応用した玩具があったくらいなので、特別大発見という訳ではありませんでした。
ただ、ヴェルトハイマーは、この現象を説明しようと試みた当時の心理学説に反論を加えています。
運動視は、眼球が線分の点滅を追って動く時の感覚が視野に同期して知覚されるのではないかという“眼球運動説”がありました。
これに対してヴェルトハイマーは、一連の流れが10分の1秒以下で終わってしまい、眼球の動きが到底追いつかないような時間間隔に設定して実験をしてみても、やはり運動視が見られることを確認しています。
また、線が消えて近くに同じ線が再び見えていることから、線が移動したものだという推定が瞬時に行われて知覚されているのではないかという説もありました。
これに対しても、2本の線分があることを知っているかどうかに関わらず、運動視が見られることなどから、ヴェルトハイマーはこの説に反論をしています。
このようにヴェルトハイマーは、様々な時間感覚や図形を使った実験を繰り返し、当時、運動視に対して出されていたいくつかの考え方を整理していきました。
彼はここで何が主張したかったのでしょうか。
それは、この線分が移動して見えるという現象は、脳の知覚プロセスが働く中で、一方の線ともう一方の線を必然的に結びつけるような法則性を持った働きがあるという説です。
この近くプロセスが、運動視を起こす原因と考えました。
そして、この線と線を相互に必然的に結びつけるような法則性こそが、“ゲシュタルト”というものなのです。
ゲシュタルト心理学
まずは上の図を見てください。
これはイタリアの心理学者ガエタノ・カニッツァ(1913~1993年)が1955年に発表した有名な錯視図形です。
図には白い三角形が見えますが、実は他の図形の切れ込みなどから浮かび上がって見えるだけで、三角形としてはどこにも描かれていません。
また平面でなく立体的な錯視図形も存在します。
なぜ三角形や球が見えるのかを一言で説明するのは難しいですが、人は外的な世界を知覚する際、いちいち意識して考えて判断せず、全体をぱっと大雑把に掴み捉えて認知するような仕組みが生まれつき持っていると考えられます。
そのような、全体を大掴みにとらえて認知する際に働く法則をゲシュタルトの法則といいます。
そして、そのようなゲシュタルトの法則を基本原理として人間の意識の働きを理解しようと考察する心理学を“ゲシュタルト心理学”と呼びます。
ここまで一連の流れとしてゲシュタルトについて触れてきましたが、ゲシュタルト心理学は通常、ヴェルトハイマーの1912年の実験が始まりとされています。
ゲシュタルトという用語は元はドイツ語で、あえて訳すとすれば“形態”と言えます。
ただ、今述べたヴェルトハイマーの息子で、米コロラド大学の心理学教授を務めたマイケル・ヴェルトハイマーでさえも、ゲシュタルトというドイツ語にうまく当てはまる英語はないと言っています。
ヴェルトハイマーは、このゲシュタルトの実験を通して、人間の知覚プロセスは外界の現象をもっと大雑把に捉えていると主張しました。
ここ流れの重要な点は、ヴントらから始まった初期の実験心理学が作り上げた認識論がまだ十分なものではなかったということです。
ヴントの心理学は外の世界は疑いなく存在していて、人の知覚や意識はそれを正確にそのまま認識できるという素朴な認識論の上に立っていました。
これに対してヴェルトハイマーが実験で明らかにしたのは、人の認識はあくまで相対的なもので、本質的には世界の事象は、その相対的な認識でしか捉えることができないというものでした。
また、ゲシュタルトの法則を人の心の動きの一つと考えると、生まれつき人が備えているものと言えます。
これは、前回アルバート坊やの実験で紹介したワトソンが、“全ての行動は、外からの刺激を受けて学習されたものである”という考えとは対照的です。
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