経験論と合理論
イングランドではベーコン、ロック、ヒュームらによって英国経験論(経験論)が発展。
一方、ヨーロッパ大陸ではデカルト、スピノザ、ライプニッツらによって大陸合理論(合理論)が発展していきます。
この経験論と合理論が成熟していく中で、ドイツにイマヌエル・カントが登場します。
カントはスピノザやライプニッツに代表される大陸合理論の思想のもと哲学を学んできた人物でした。
しかし、ヒュームやロック、ルソーの思想に触発され、独自の哲学を模索し始めます。
彼は経験論と合理論の統合を図ろうとした人物でもありました。
今回はカントが敢行した理論統合に先立ち、感性と悟性について触れていきたいと思います。
感性と悟性
カントは“人間には2つの認識方法がある”と考えました。
感性と悟性です。
【感性】
感性とは、外の刺激に反応して印象を感じる認識方法です。
【悟性】
悟性とは、知性の同義語であり経験から物事を認識する方法です。
感性と大きく違う部分は、悟性には判断力や理解力が伴うというところです。
この2つの相互作用をリンゴを例にして説明します。
私達が目で”リンゴ”を見たとします。
そうすると、”感性”を使ってぼんやりと”リンゴ”という概念を直感で感じます。
この状態から“悟性”が働き、甘い・赤い・丸い・つやがある・食べることができる…など状況や経験から理解していきます。
こうして私達は、はっきりとリンゴというものを認識することができるとカントは主張しました。
赤ん坊とライオン
ジョン・ロックに代表されるイングランドの経験論では、”人間はもともと白紙(タブラ・ラサ)の状態で生まれてくる”と考えられました。
教わる、学ぶなど経験によって知識が得られるという考え方です。
カントもこの考えには同意しています。
しかし彼はこうも考えました。
赤ん坊がライオンを怯えるのはなぜだ。
ライオンについて全く知識のない赤ん坊がライオンを初めて見たとき、リスやウサギなどの小動物と反応が全く違うのはなぜかと疑問を呈しました。
数人の赤ん坊を例にとっても、どの赤ん坊も初めて見るライオンなのに怯えたような反応を示すことを指摘したのです。
心が白紙である赤ん坊がなぜ一定の反応を示すのか…?
この反応を説明付けたのが、先に紹介した悟性(知性)だったのです。
幼児がライオンに対して反応したのは、感性(白紙の心に自然に書き込まれる)ではなく、悟性(理解力を伴う知性)だと主張しました。
悟性を発揮する(物事を理解する)には感性が働き、2つの認識方法が共同して作用する…。
こうやって世界を認識していると考えたのです。
この考え方は、彼が巻き起こした哲学の思想転換(コペルニクス的回転)に繋がっていきます。
次回、カントがなぜ近代哲学を代表する最も重要な哲学者と言われるようになったのかについて触れていきます。
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