17世紀以降、ベンジャミン・フランクリンをはじめ世界各地の研究者らによって電気の性質が少しずつ分かってきました。
今回はそんな研究者の中でも、電磁気学界のブレイクスルー的な発明をしたボルタとその功績についてまとめていこうと思います。
動物電気
ボローニャ大学のルイージ・ガルヴァーニは、カエルの延髄と脚に異なる2種類の金属が触れると、脚が痙攣することを発見しました。
ガルヴァーニはこの発見を、有機体に生命を与える“動物電気”の発見と考えました。
アレッサンドロボルタ
イタリアの物理学者アレッサンドロ・ボルタはガルヴァーニの動物電気に触発され、自分でも実験を行うようになっていきます。
当初は彼も、動物の筋肉などに電気が溜まっていると考えていました。
しかし実験を続けるうちに、動物電気の存在を疑い始めます。
ボルタが行った有名な実験は、舌の上面にスズの金属を、舌の下面に銀の金属を当て銅線でつなぐというもの。
そうすると酸の味(すっぱい)がしたり、逆に上面に銀を下面にスズを当てるとアルカリの味(苦い)がすることが分かりました。
また、口の中と額で同じ様な実験をするとチカチカと光を感じることなどから、カエルの脚や人間の体は電気の検出器に過ぎないと考えました。
本当の電気の発生源は異なる2種類の金属であると考えたのです。
ボルタの電堆(電池)の発明
カエルの脚がなくても、金属があれば電気は発生するはず。
ボルタは動物や人間の体に電気が溜まっているわけではないと考えました。
これを証明するために、彼はシビレエイの研究に取り組みます。
シビレエイは古くから知られる電気魚です。
デンキウナギやデンキナマズ同様、強い電気を発生させます。
ボルタはシビレエイの発電器官について調べ、発電器官と神経が何層にも重なっていることを発見しました。
これをヒントに作られた発電装置が“ボルタの電堆”です。
食塩水を浸した紙を異なる金属で挟むと電気が流れることが分かり、さらにその層を重ねると電気が強くなることが分かりました。
亜鉛、スズ、鉛、鉄、銅、白金、金、銀の順に並べ、離れている金属の組み合わせほど電気がよく発生することに気づき、イオン化傾向(現在とは順番が少し違う)も発見しています。
ボルタの電堆は誰でも簡単に作成することができ、且つ電流を一定時間持続して供給できる画期的な発明でした。
栄光と没落
1800年にボルタはこの電堆の作成方法を公開します。
1801年にはフランスの英雄ナポレオン・ボナパルトから声がかかり、パリにて公開実験が行われました。
アレッサンドロ・ボルタの名は瞬く間にヨーロッパ中に広がり、講演の依頼が殺到するなど、正に人生の絶頂期を迎えます。
1804年にナポレオンが帝政フランスに皇帝として即位した後も、ナポレオンから鉄王冠勲章やイタリア王国終身上院議員任命など、伯爵の爵位を授かるなど厚遇を受けました。
しかし1814年にナポレオンの帝政フランスが崩壊すると、彼の栄光に満ちるはずだった人生は一転、反ナポレオン派の組織から命を狙われるようになります。
命からがらフランスを抜け出すも、長きに渡る逃亡生活が待っていました。
…と思ったのも束の間、ボルタの電堆を発明した当時の最先端の科学者である彼を糾弾して良いのかという声が上がり、最終的に彼は許されることになります。
その後も北イタリアにて研究を続けるも、1819年ボルタは研究人生から身を引き、故郷コモに帰り余生を過ごしました。
享年は82歳でした。
ボルタの死後
彼の死後、電気の研究は飛躍的な発展を見せます。
特に電池の発明は、電気分解による新たな元素の発見など多方面でも広く活用されることになります。
ファラデーの電磁誘導の発見、テスラの交流電気方式など現代科学に通じる電磁気学や電気工学の礎になり、科学技術発展の原動力となったのは間違いないと言えます。
現在使われている電圧の単位“ボルト”は彼の名にちなんでつけられており、その意志や学的功績は今でも教育の現場で、私達の生活の中で受け継がれています。
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