【前回記事】
この記事では、著書“図鑑心理学”と自分が学んできた内容を参考に、歴史に影響を与えた心理学についてまとめていきます。
心理学が生まれる以前、心や精神とはどのようなものだったのかに始まり、近代の心理学までをテーマとして、本書から興味深かった内容を取り上げていきます。
今回のテーマは、「アイヒマンテスト(ミルグラムの服従実験)」についてです。
スタンレー・ミルグラムとアイヒマンテスト
スタンレー・ミルグラムは、20世紀に活躍したアメリカの心理学者です。
1933年、ニューヨーク市にユダヤ人の両親のもとに生まれました。
第二次対戦下、彼の親戚や家族はホロコーストの影響を受け、アメリカに移住しています。
彼自信もホロコーストへのが少なからずあったようで、ミルグラムについての伝記では、「ユダヤ人男性として個人的な葛藤を持っていた」と記されています。
1961年、ドイツの親衛隊隊長だったが、戦争犯罪や人道に関わる罪によって裁判にかけられました。
ゲシュタポ・ユダヤ人事課長に任命されていたアイヒマンは、ヨーロッパ各地からユダヤ人をポーランドの絶滅収容所へ列車輸送する最高責任者でした。
彼曰く、「就任してから2年の間に、およそ500万人のユダヤ人を列車で運んだ」としており、その後も多くのユダヤ人が虐殺されることになります。
敗戦が濃厚になると、親衛隊指導者のハインリヒ・ヒムラーからユダヤ人虐殺の停止命令が下るも、それに従わずに任務を続けていました。
敗戦が確定的になると、彼はアメリカ軍に拘束されますが、偽名を使って正体を隠すことに成功するとドイツ国内に身を隠します。
1950年には、「リカルド・クレメント」という名前でアルゼンチンまで逃亡することに成功。
そこに家族を呼んで逃亡生活を送っていましたが、1960年にモサド(イスラエル諜報特務庁)によって捕らえられます。
1961年4月に裁判が行われ、同年12月に死刑が確定。
翌年6月1日に絞首刑が執行されました。
彼は裁判で「ただ命令に従っていただけ」という言葉を残しており、ミルグラムはこのアイヒマンの言葉に隠れている人間の心理について研究しようと考えました。
これを基に1961年に行われたのが、“アイヒマンテスト”です。
別名ミルグラム実験(ミルグラムの服従実験)とも呼ばれており、特定の状況下において人間がどれだけ残酷になれるのかを知らしめた実験でもあります。
では、実験の概要を見ていきましょう。
アイヒマンテスト(ミルグラム実験)
【実験】
実験の対象者は、弁護士から建設労働者まで様々な社会的な階層からなる成人男性40人です。
彼らが実験室に入るとまず最初に報酬が支払われ、「実験を途中で辞退するようなことがあっても、返金する必要がない」と告げられました。
被験者は二名が同時に実験室に呼ばれましたが、本物の被験者はこのうち一名で、もう一名は台本をもとに演じてもらっている協力者です。
まず、試験監督者からこの実験では教師役と生徒役に分かれてもらうことが説明されます。
それぞれの役はくじ引きによって決められますが、本物の被験者が教師役、実験協力者が生徒役になるように操作されています。
生徒役は専用の部屋に入り、電気ショックが流れる椅子に座らされ体をベルトで固定されました。
教師役は別の部屋に通され、生徒役の部屋を窓から見ることができます。
ここから、教師役と生徒役による実験が行われます。
教師役は、用意された問題を生徒役に出すように指示されました。
生徒役は、教師役が読み上げる、「赤い-リンゴ」「速い-自動車」といったペアになる言葉を記憶し、四つの選択肢の中から正解を選んで対応するボタンを押すというものでした。
教師役がいる部屋には、“電気ショック発生器”と書かれた箱があり、15ボルトから450ボルトまで合計30段階の電圧を指定するスイッチが付いていました。
さらに、電圧の表記と一緒に、「微弱なショック」「中程度のショック」「激しいショック」など与える電気の強さも表記されていました。
【ショックの強さ】
・15ボルト:軽度のショック
・75ボルト:中度のショック
・135ボルト:強いショック
・195ボルト:かなり強いショック
・255ボルト:激しいショック
・315ボルト:非常に激しいショック
・375ボルト:危険で苛烈な衝撃
・435ボルト:(但し書き無し)
・450ボルト:(但し書き無し)
教師役は実験監督者から、このスイッチを使って生徒役に電気ショックを与えることになるとも説明されました。
さて、ここから教師役は問題を出し、生徒役が正解を答えていきます。
ここで生徒役と実験者は、意図的に問題を間違えることと、教師役が与える電気ショックに合わせて演技をするように打ち合わせていました。
教師役は生徒役に順番に問題を出題していきました。
そして、一問間違えるたびに電気ショックの電圧を一段階ずつ上げていきました。
初めのうちは、生徒役は特に痛みを訴えたりすることはありませんでした。
しかし300ボルトに達するところから、壁をドンドン叩いたり叫び声をあげるようになっていきました。
【演技】
・75ボルト:不快感をつぶやく
・120ボルト:苦痛を訴える
・135ボルト:うめき声をあげる
・150ボルト:絶叫する
・80ボルト:「痛くてたまらない」と叫ぶ
・270ボルト:苦悶の金切声を上げる
・300ボルト:壁を叩いて実験中止を求める
・315ボルト:壁を叩いて実験を降りると叫ぶ
・330ボルト:無反応
・435ボルト:無反応
・450ボルト:無反応
窓の向こうの生徒役が苦痛を訴えるような仕草を見た教師役は、電気ショックを与えるスイッチを押すことを躊躇するような態度を見せ始めました。
そこで実験の監督者は、「続けてください」「あなたは続けなければなりません」などと言い続け、被験者である教師役がどこまでスイッチを押し続けるかどうかが観察されました。
そして、最高値の450ボルトに達するか、被験者がスイッチを押すことを拒否した段階で実験は終了となりました。
以上を踏まえた実験の結果は、以下の通りです。
被験者の中、300ボルト未満で実験継続を拒否した者は誰もいませんでした。
300ボルトでは5人、315ボルトでは4人、360vでは1人、375Vでは1人、最終的に26人の被験者が、実験監督者の指示に従い、最高値の450ボルトのスイッチを押しました。
実験前、イェール大学の心理学専攻学生14名の予想では、450ボルトまで電流を流す人は1.2%程度であろうと考えられていました。
しかし、実験の結果は彼らの予想に反し、被験者の約65%が最後の450ボルトまで罰を与えました。
生徒役の中には心臓病があることを聞いても変わりませんでした。
良心の呵責に耐えかね、実験の内容について申し出る人もいましたが、白衣を着た権威者が「あなた(被験者)に責任はない、我々が全ての責任を負う」ということを伝えると、300ボルトの罰を与えるまでは実験の中止をする者はいなかったのです。
今回のミルグラムの服従実験では、他人の苦痛や命を左右する状況においての行動について分析することができました。
例え、人の命に関わることであっても、強い権威を持った者が指示する場合や責任の所在が曖昧である場合など特殊な環境下において、意思とは関係なく言葉に同調してしまうことが分かります。
ただ、この結果はあくまで外的な条件が揃った際、そういった行動が起こるということを確認したまでです。
その行動がどのような意識や心の仕組みによって起こったかについては十分に説明されていません。
「やってはいけないと心では分かっているのにやってしまう」。
この相互に矛盾する状況をどのように説明すれば良いのか……。
この“心の中の矛盾”という課題に立ち向かった人物が、レオン・フェスティンガーです。
彼は心の矛盾を“認知的不協和”と呼び、人間には自身の行動を正当化しようと理由を後付けする傾向にあることを明らかにしました。
詳しくは以下の記事にてまとめているので、よろしければそちらも是非!
まとめ
・アドルフ・アイヒマンは、ユダヤ人虐殺計画の責任者の一人
・ミルグラムは、人はどれだけ残虐になれるのかを実験で示した
・実験から、「普通の人でも、命令であれば人命を奪う選択もできる」ことが分かった
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