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アルツハイマー病は本当に脳の病気なのか?— 専門家が提唱する新理論

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アルツハイマー病の治療法を求める研究は、ますます競争が激化し、議論を呼んでいます。

欧米や日本でもアルツハイマー病の治療薬(アデュカヌマブなど)が承認されるも、有効性を判断できないことから、各国が取扱を中止する事態となっています。(米製薬、認知症薬販売終了 アデュカヌマブ、普及せず 日本では承認見送りより

 

近年、この病気の治療分野についていくつかの重要な論争が浮上しました。

 

今回は、そんなアルツハイマー病についての新しい視点についてがテーマです。

 

 

アルツハイマー病研究の論争

 

• 2006年に発表された研究が疑問視されている

2022年7月、科学誌 Science は、2006年に Nature に掲載された論文のデータに捏造の疑いがあると報じました。(RETRACTED ARTICLE: A specific amyloid-β protein assembly in the brain impairs memoryより

 

この論文は、アルツハイマー病の原因としてベータアミロイド(またはアミロイドベータ)という脳内タンパク質の一種を特定したものでした。

  

• 治療薬アデュカヌマブの承認を巡る論争

2021年6月、米国食品医薬品局(FDA)は、ベータアミロイドを標的とする抗体薬「アデュカヌマブ」をアルツハイマー病の治療薬として承認しました。(Aducanumab “marketed as Aduhelm” Informationより

  

しかし、その効果を裏付けるデータには不備があり、医師の間で賛否が分かれました

  

多くの人が有効な治療法を必要としているにもかかわらず、なぜ研究者たちは依然として治療法の確立に苦戦しているのでしょうか。

 

 

ベータアミロイド仮説の限界

長年にわたり、科学者たちはベータアミロイドの異常な凝集を防ぐことを目指して研究を進めてきました。(Review on Alzheimer’s disease: Inhibition of amyloid beta and tau tangle formationより

 

しかし、このアプローチにこだわりすぎたために、他の可能性を見落としてきたともいえます。

 

残念ながら、ベータアミロイドの凝集を標的とした研究は、いまだに有効な治療薬の開発には結びついていません。

 

このため、新たな視点からアルツハイマー病を捉え直す必要性が高まっています。

  

  

アルツハイマー病は脳の免疫系の異常か?

 

カナダ・トロント大学のKrembil Brain Instituteでは、アルツハイマー病に関する新しい理論を提唱しています。(β-Amyloid is an Immunopeptide and Alzheimer’s is an Autoimmune Diseaseより

  

免疫系は、体のあらゆる臓器に存在し、外部からの侵入者を撃退し、損傷を修復する役割を果たします。

  

例えば、転倒したときに組織を修復するのも、細菌やウイルスの感染と戦うのも免疫系の働きです。

  

頭部に外傷があると脳の免疫系が修復を試みたり、細菌が脳内に侵入すると免疫系が攻撃を仕掛けたりと、脳にも独自の免疫系があり、損傷や感染時に防御機能を発揮します。

    

このような免疫の働きにおいて、ベータアミロイドは重要な役割を担っています。

  

研究チームは、ベータアミロイドは異常に生成されたタンパク質ではなく、脳の免疫システムの一部であると考えています。

  

脳に損傷が生じたり、細菌が侵入したりすると、ベータアミロイドは免疫応答の一環として機能します。

  

しかし、ここで以下のような問題が発生します。

  

• ベータアミロイドは細菌と脳細胞を区別できない

細菌の膜を構成する脂質と脳細胞の膜を構成する脂質には共通点があるため、ベータアミロイドは脳細胞を敵と誤認し、攻撃してしまう

 

• 慢性的な脳細胞の損傷が認知症につながる

これが長期にわたって続くと、脳細胞の機能が徐々に失われ、認知症へと進行する

   

このように考えると、アルツハイマー病は関節リウマチや全身性エリテマトーデスのような自己免疫疾患の一種であると捉えることができます。

 

 

従来の自己免疫疾患治療薬は効果がない?

 

関節リウマチなどの自己免疫疾患では、ステロイド系の薬が治療に用いられます。

 

しかし、脳の構造は他の臓器とは異なるため、こうした治療薬はアルツハイマー病には効果が期待できません。

 

研究チームは、ベータアミロイドが本来の役割である免疫機能を果たしつつ、自己免疫反応を抑制する新しい治療法を模索することが、この病気の解決策になるだろうと考えています。

 

自己免疫疾患説のほかにも、アルツハイマー病に関して以下のようなまざまな仮説が提唱されています。

  

• ミトコンドリア異常説

アルツハイマー病は、細胞内でエネルギーを生産するミトコンドリアの異常が原因であるとする説。

Mitochondria research and neurodegenerative diseases: On the track to understanding the biological world of high complexityより

  

• 感染症説

口内細菌などが脳に侵入し、それがアルツハイマー病の引き金となる可能性が指摘されている。

Periodontal microorganisms and Alzheimer disease – A causative relationship?より

  

• 金属代謝異常説

亜鉛、銅、鉄といった金属の異常な代謝が関与している可能性も考えられている。

Cerebral Iron Deposition in Neurodegenerationより

  

  

今後の研究の方向性

アルツハイマー病は、世界中で5,000万人以上が罹患しており、3秒に1人が新たに診断されている深刻な公衆衛生問題です

  

現在の治療法では、病気の進行を完全に止めることはできず、多くの患者が家族の顔さえ認識できなくなるほどの影響を受けています。

  

このため、新しい視点からアルツハイマー病を捉え直し、革新的な治療法を見つけることが急務です。

 

 

まとめ

・アルツハイマー病の主な原因は、脳の免疫系の異常による自己免疫反応である可能性がある

・従来のベータアミロイド仮説では有効な治療法が見つかっておらず、新しい視点が必要とされている

・自己免疫疾患としてのアルツハイマー病に着目し、新たな治療法の開発が求められている

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