アルツハイマー病は、世界中で数千万人が罹患している深刻な神経変性疾患です。
記憶障害や認知機能の低下を引き起こし、進行すると日常生活が困難になります。
現在、治療法の研究が進められていますが、根本的な治療法はまだ確立されていません。
しかし、ローズマリーやセージといった一般的なハーブに含まれる「カルノシン酸」という化合物が、アルツハイマー病の治療に役立つ可能性があることが明らかになりました。
カリフォルニア州にあるScripps Research Institute(スクリプス研究所)のStuart Lipton氏率いる研究チームは、カルノシン酸の安定した誘導体を合成し、アルツハイマー病のマウスモデルで有望な結果を得ました。
今回は、科学誌「Antioxidants」に掲載された報告を基に、研究をまとめていきます。
参考記事)
・A Hidden Compound in Rosemary Could Help Fight Alzheimer’s(2025/03/17)
参考研究)
カルノシン酸と可能性について

ローズマリーやセージに含まれるカルノシン酸は、抗酸化作用や抗炎症作用を持つことが知られています。
これまでの研究でも、カルノシン酸が神経保護作用を持ち、脳の健康をサポートする可能性が指摘されていました。
しかし、カルノシン酸には大きな課題がありました。それは、非常に不安定であることです。
純粋なカルノシン酸は、体内に入るとすぐに分解され、脳に到達する前に効果が失われてしまいます。
そのため、これまで治療薬としての活用は難しいと考えられてきました。
新たに開発された「」とは?
今回の研究では、カルノシン酸を安定化させるためにジアセチル化した誘導体「diAcCA」が開発されました。
この化合物は体内に入ると腸でカルノシン酸に変換され、吸収率が約20%向上することが確認されています。
さらに、血流を通じて脳に運ばれた後、1時間以内に治療に適した濃度に達することが分かりました。
研究チームは、このdiAcCAを用いてアルツハイマー病のマウスに対して実験を行いました。
実験内容:diAcCAをアルツハイマー病のマウスに投与
研究では、アルツハイマー病の症状を持つマウスを対象に、週3回、3カ月間にわたりdiAcCAを投与しました。
その後、脳の組織を分析し、マウスの記憶力や学習能力を評価するテストを実施しました。
その結果、次のような効果が確認されました。
diAcCA, a Pro-Drug for Carnosic Acid That Activates the Nrf2 Transcriptional Pathway, Shows Efficacy in the 5xFAD Transgenic Mouse Model of Alzheimer’s Diseaseより 左の画像=アルツハイマー病様のマウスの脳
右の画像=diAcCA治療を受けたマウスの脳(右)
緑色は神経シナプスを示す
【結果】
• 記憶力の向上:複数の記憶テストで成績が大幅に改善
• シナプスの増加:神経細胞間の接続が増え、脳のネットワークが強化
• 脳の炎症の軽減:アルツハイマー病の進行に関与する炎症反応が抑制
• 毒性タンパク質の除去:リン酸化タウやアミロイドβの蓄積が減少
アルツハイマー病は、シナプス(神経細胞同士の接続部位)が破壊されることで神経伝達が妨げられることが大きな問題とされています。
diAcCAの投与によってシナプスの数が回復し、神経のネットワークが再構築されたことは、治療法としての大きな可能性を示しています。
また、マウスの脳内における炎症マーカーの減少や、アルツハイマー病の進行に関連する異常タンパク質(リン酸化タウやアミロイドβ)の蓄積が低下していることも確認されました。

↑diAcCAの投与によってアミロイドβ(AおよびB)やタウタンパク質の蓄積が減少(CおよびD)したことを示す図。
「この薬を投与すると、進行を遅らせるだけでなく、マウスの認知機能がほぼ正常なレベルにまで回復した」と、Lipton氏は述べています。
今後の展望と応用の可能性
この研究は非常に有望な結果を示していますが、まだ初期段階であり、人間での臨床試験が必要です。
次のステップとして、ヒトでの安全性や有効性を確認する試験が行われる予定です。
また、カルノシン酸の抗炎症作用は、アルツハイマー病以外の疾患にも応用できる可能性があります。
例えば、二型糖尿病やパーキンソン病など、慢性的な炎症が関与する疾患にも効果を発揮するかもしれません。
さらに、diAcCAは単独での治療だけでなく、現在使用されているアルツハイマー病治療薬と併用することで効果を高める可能性もあります。
例えば、アミロイドβに対する抗体療法は既に承認されていますが、副作用が問題視されています。
Lipton氏は、「この化合物を使うことで、既存の抗アミロイド治療の副作用を抑え、より効果的な治療が実現できる可能性がある」と述べています。
研究者たちは、diAcCAが食品やサプリメントに含まれる“安全な化合物”をもとにした治療薬であることから、臨床試験が比較的迅速に進むことを期待しています。
アルツハイマー病の根本的な治療法がまだ確立されていない中で、この研究は新たな希望をもたらすものとなるかもしれません。今後の研究の進展が期待されます。
まとめ
・ローズマリー由来の化合物「diAcCA」がアルツハイマー病の治療に有望である可能性がある
・マウス実験で記憶力向上、シナプス増加、炎症軽減、毒性タンパク質の減少が確認
・今後は臨床試験を通じて、ヒトでの安全性と有効性を確認予定
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