生物科学

コウイカ、マシュマロテストに合格する

生物

コウイカといえば、タコと並んでお寿司のネタと関連づけられている海産物の一つです。

  

新鮮なコウイカの歯切れの良さとほのかな甘みは、寿司ネタの中でも特異な味わいを楽しめるとして人気です。

  

そんなコウイカですが、2021年に行われた実験により驚くべき認知能力を持つことが明らかになりました。

  

なんとコウイカは「マシュマロテスト」と呼ばれる簡単な認知テストに合格し、人間や他の動物と同じような自制心を示したのです。

  

この発見は、動物の知性を過小評価すべきでないことを示す重要な一例と言えます。

  

研究者たちは、この能力が、コウイカが生き抜くために進化してきた適応戦略の一部である可能性を指摘しています。

  

本記事では、この実験の詳細、背景、そしてこの発見がもたらす意味について掘り下げます。

  

参考記事)

Cephalopods Pass Cognitive Test Designed For Human Children(2025/01/11)
 

参考研究)

Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification task(2021/03/03)

  

  

マシュマロテストとは?

   

マシュマロテスト」または「スタンフォード・マシュマロ実験」は、1960年代に人間の子どもを対象として行われた認知実験です。

  

子どもに1つのマシュマロを提示し、「15分間食べずに待てば、もう1つ追加でマシュマロがもらえる」と伝えます。

  

このテストは、将来を見据えた計画性自制心といった認知能力を測定することを目的としています。

  

ただし、裕福な家庭でかつ、高い教育水準をもつ環境で育った子どもたちが対象のため、実験の正確性が疑問視されています。(これについての詳しい内容は↓の記事後半にて)

  

   

以下の記事では、マシュマロテストが有効という前提で内容をまとめていきます。

  

 

結果の解釈

テストでマシュマロを待つことができた子どもは、長期的な目標のために瞬間的な欲求を抑える能力を持つとされ、その後の人生で学業や仕事での成功とも関連づけられる結果が出ています。

  

このテストのシンプルさは、動物向けに調整するのにも適していました。

  

もちろん動物に直接言葉で説明することはできませんが、訓練によって「待つことでより良い報酬が得られる」というルールを理解させることが可能です。

  

これまでの研究では、霊長類、犬、カラス科の鳥などがこのテストに成功しています。

  

そして今回、コウイカもまた、独自の方法でこのテストに合格する能力があることが示されました。

  

  

コウイカの挑戦

   

2020年の研究では、コウイカ(Sepia officinalis)がマシュマロテストに挑戦しました。

  

この実験では、コウイカが「瞬間的な欲求を抑え、より好ましい選択を待つことができる」ことが確認されました。

  

【実験の内容】

• 朝にカニ肉を与え、すぐに食べることができる状況を設定

• ただし、もし朝のカニ肉を食べなければ、夕方にコウイカの好物であるエビを与えるという条件が加えられた

  

結果として、コウイカはエビを選ぶためにカニ肉を食べない選択を学びました。

  

この行動は、自制心が働いている可能性を示唆しています。

  

ただし、研究者たちはこの行動が単に餌の供給状況に基づくものなのか、それとも意識的な自制心によるものなのかを完全には証明できませんでした。

  

  

自制心の精密な検証 

2021年、行動生態学者のAlexandra Schnell氏を中心とした研究チームは、この疑問を解明するための新しい実験をデザインしました。

   

6匹のコウイカを対象に、彼らの自制心をさらに詳しく調べたのです。

   

Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification taskより

   

【実験の内容】

特別な水槽を用意し、2つの透明な扉付きの部屋を設置しました。

  

それぞれの部屋には異なる餌が配置されていました。

部屋1:生のキングプローン(あまり好ましくない餌)

部屋2:生きたエビ(好物の餌)

 

扉には次のような記号が表示され、コウイカは事前にこれを認識する訓練を受けました。

  

○:扉が即座に開く

△:扉が10~130秒遅れて開く

□:扉が永久に開かない(コントロール条件)
  

【テスト条件】

• キングプローンはすぐに食べられるように扉が開いている

• 一方、エビの扉は遅れて開く設定となっている

  

もしコウイカがすぐにキングプローンを選んで食べると、エビは取り除かれる仕組みでした。

  

【コントロール条件】

• エビの扉が永久に開かない(□の記号)(この場合、コウイカが待つ理由はなくなります。)

  

  

実験の結果:コウイカは待つことを選んだ

結果、6匹すべてのコウイカがテスト条件において「好物のエビ」のために待つ選択をしました。

  

一方で、エビが永久に取れないコントロール条件では待つことはしませんでした。

  

 研究を主導したSchnell氏は、「コウイカは最大50~130秒間、自分の好物のために待つことができた。この結果は、チンパンジーやカラス、オウムといった大脳を持つ脊椎動物と同等の能力を示している。」と述べています。

  

また、この実験ではさらにコウイカの学習能力についても調査されました。

 

研究者たちは、2つの正方形(灰色と白)の視覚的な手がかりを使用し、報酬を得るための正しい選択肢を学ばせました。

  

• 正しい正方形を選ぶと報酬が与えられる

• 途中で正しい正方形を切り替え、その変化にどれだけ早く適応できるかを観察

  

結果、素早く適応したコウイカほど、エビを待つ時間も長いことが示されました。

  

このことは、コウイカが明確な自制心を持つことを裏付けています。

  

  

コウイカの自制心はどこから来るのか?

では、コウイカはなぜこのような能力を持っているのでしょうか?

  

霊長類や鳥類では、以下のような理由が進化の背景として考えられます。

  

1. 道具の使用

未来を見越した計画性が必要なため

  

2. 食糧の貯蔵

後のために備蓄する必要があるため

  

3. 社会的能力

群れの利益を考慮する行動が求められるため

  

一方で、コウイカはこれらの行動を取らないことが知られています。

  

研究者たちは、コウイカの行動が捕食環境に起因している可能性を指摘しています。

 

Schnell氏は、「コウイカは、餌を探すときにカモフラージュを解除する。この行動は捕食者に見つかるリスクが高まるため、効率的な餌の選択が求められる。その結果、より質の高い餌を待つ能力が進化した可能性がある。」と推測しています。

  

  

今後の研究と結論 

今回の研究は、異なる生態を持つ種が似た行動や認知能力を持つ理由を解明するための重要な一歩となりました。

  

また、2024年には、コウイカに「エピソード記憶に似た記憶」や「誤った記憶の形成」が見られるという新たな発見も報告されています。

  

将来的な研究では、コウイカが将来を見越した計画性を持つかどうかをさらに検証する必要があります。

 

  

 まとめ

・コウイカはマシュマロテストに合格し、自制心を発揮できることが確認された

・捕食環境への適応として、この能力が進化した可能性が高い

・今後の研究では、コウイカが未来の計画を立てられるかどうかが検証される予定

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