【国富論⑬(終)】国の信用でお金を借りる〜公債と償還~

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【前回記事】

アダム・スミス(1723~1790年)

       

この記事ではアダム・スミス国富論を読み解いていきます。

          

見えざる手、自由放任主義……、どこかで聞いたことがこれらの言葉はここから生まれてきました。

          

経済学の始まりともいえる彼の著書を通して、世の中の仕組みについて理解を深めていただけたら幸いです。

            

前回は、租税の一般原則についてまとめました。 

 

国全体の発展や秩序を維持するための税には、4つの一般原則があると彼は考えました。

  

①個人の能力に比例すること

②支払いの方法や条件が明確なこと

③支払いは柔軟に対応できること

④必要以上に税をかけないこと

   

この税によって、富を富者に集中させるのではなく、貧民にも分配する仕組みよって、国全体を豊かにすることに繋がると主張しています。

   

今回のテーマは“公債”です。

  

国がお金を借りることで起こる現象についてまとめられた、国富論最後の章をまとめます。

  

  

商業や製造業が未発展=お金を貯めるしかない

〜引用 第五篇 第三章~

  

商業の拡大や製造業の改善に先行する社会の未開状態のもとでは、商業や製造業だけが導入し得る、高価な贅沢品はまだ全然知られていなかったから、こういう時代に大きな収入を得ていた人にとっては、この収入で出来るだけ多くの人々を扶養する以外、それを消費または享受し得る方法が何もなかったのであって、この点は、私が本研究の第三編で明らかにしようと努力したことである。

  

大きな収入とは、どのような時代でも大量の生活必需品に対する支配力にある、と言って差し支えなかろう。

  

未開状態の下では、この収入は大量の必需品で、即ち、簡素な食物や粗末な衣服の原料でまた穀物や家畜でさらに羊毛や生皮で支払われるのが普通である。

  

商業も製造業も全然提供しない場合、彼は、この常用でできる限り多くの人々に衣食を提供する以外、それをどうすることもできない。

  

我々の封建時代の祖先の間では、同じ量値が同一の家族のもとに長期間とどまるのを常としていたのであって、このことは、自分の所得の範囲内で生活するという一般的性向を十分に示している。

  

彼らは普通、自分たちの前所得を消費してしまわぬ程度には倹約であった。

 

彼らは総じて、自分たちの羊毛や生皮の一部を貨幣と引き替えに売る機会を持っていた。

  

彼らは、余財としての貨幣がおよそどれほどの額であろうとも、それを貯蔵しておく以外どうすることもできなかった。

 

商売をすると言っても身分ある人の体面に関わっていたし、利子をとって貨幣を貸すと言っても、当時は高利貸みなされ、法律上禁止されていたから尚更ってあっただろう。

  

そればかりではなく、暴力や無秩序のこの時代は手元に貨幣を貯蔵しておくのは好都合なことであって、こうしておけば万一自分達の居場所から追い出されても、彼らは周知の価値を持つある物をどこか安全な場所へ持っていくことができた訳である。

  

そして、貨幣の貯蔵を好都合にしたのと、まさに同一の暴力が、この貯蔵物の隠匿を好都合なものにしたのである。

  

財宝の発掘、つまり所有者の分からない財宝がしばしば発見されたということは、この時代には貯蔵や貯蔵物の隠匿がいずれもしばしば行われたということを立証している。

  

〜引用ここまで~

  

未開の状態では、いくらお金は蓄えてもその使い道がなかったと言う事を述べています。

 

余ったお金を誰かに貸すとしても、利子を得て稼ぐことが法律上で禁止されていたため、自分で持っておく以外に仕方がなかったことが指摘されています。

  

また、財の略奪に対する防衛策として、資産を変化、劣化の少ない金・銀貨などに変え、誰にも知られないよう埋めたりしていたというのも興味深い点です。

  

金銀財宝の発掘とは、こういう背景からから生まれたのですね。

  

  

商業や製造業が発展=お金を使う

〜引用 第五篇 第三章~

  

あらゆる部類の高価な贅沢品が充満している商業国においては、主権者は自分の領土内のほとんどすべての大土地所有者と同じように、自然に自分の収入の大部分を贅沢品の購入のために費やすようになる。

 

彼自身の国も近隣諸国も、宮廷を華麗ではあるが、無意味な虚飾で飾り立てるに過ぎない一切の高価な装飾品を豊富に彼に供給する。

 

主権者がその収入の大部分を、こういう快楽に消費し、そのために国家の防衛力が甚だしく弱体化するということは大いにあり得るが、仮に彼がそれほどの事をしなくても、この防衛力を維持するのに必要な分を超えてなお余る収入部分の全部を、こういう快楽に消費しないということは到底期待する訳にはいかない。

  

彼の通常の経費は、彼の通常の収入に等しくなり、経費がしばしば収入を超えなければいい方だ。

 

もはや財宝の蓄積に期待がかけられるはずもないから、緊急非常事態が生じて臨時に経費が必要になるとどうしても彼は自分の臣民に臨時の献金を要求せざるを得ない。

 

平時に倹約を怠るから、戦時には債務契約を結ばなければならないことになる。

  

いざ、戦争ということになっても、国庫の中には平時編成のための通常経費を賄うのに必要な貨幣しかない。

  

戦時にはこの三、四倍も経費のかかる編成が国防上必要になるから、したがってまた平次収入の三、四倍もの収入が必要になる。

  

戦争勃発のその瞬間に、否むしろ戦争が勃発しそうに思われるその瞬間に、軍隊は増員されなければならないし、艦隊は艤装させなければならないし、守備隊のいる都会は防備体制を整えなければならない。

  

そしてこの軍隊、この艦隊この守備隊のいる年には武器弾薬および食料が供給されなければならない。

  

すなわち、直接の危険が迫ったその瞬間、即座に巨額の経費が必要になるのであるから、新たに総勢を貸してその漸次的で緩慢な収入を待っていたのでは間に合わない。

  

つまり、こういう非常事態の下では、借入金による以外、政府としては何の財源もないわけである。

  

道義上の諸原因の作用によって、政府は借り入れ金の必要に迫られるが、政府をそうさせるのと同じ、社会の商業状態が臣民の中に貸し付けの能力並びに性向を生み出す。

  

〜引用ここまで~

  

商業が発展した先に、余ったお金があることや、贅沢品のあることで、主権者はそれにお金が費やしてしまうという点をスミスは指摘しています。

  

そして、いざという時に必要なお金を蓄えていないため、借金に頼らざるを得ないということですね。

  

その借入先というのが臣民、つまり公債の出番というわけです。

 

 

国の信用でお金を借りる

〜引用 第五篇 第三章~

  

商業や製造業というものは、政府の正義に対するある程度の信頼がなければ、どのような国家においてもまず繁栄しえないのである。

 

平常な場合、大商人や大製造業者に自分たちの財産を特定の政府の保護のもとに信託しようという気を起こさせるのとまさに同一の信頼が、異常の場合、彼らに自分たちの財産の使用をこの政府に信託しようという気を起こさせる。

 

彼らは一瞬間といえども、自分たちが商業や製造業を営む能力を減滅されはしない。

  

それどころか、普通彼らはこの能力を増進させる。

  

国家は必要に迫られているから、政府は大抵の場合貸してに甚だしく有利な条件で喜もんで借りようとする。

  

政府は原債権者に享受する債務証書は、他のどのような債権者にも移転可能とされており、それに国家の正義に対する信頼は普遍的なものであるから一般にこの証書は、最初の払い込み額以上に市場で売られる。

  

そこで商人や金持ちは政府へ貨幣を貸し付けることによって金儲けをし、自分の営業資本を減少させるどころか増大させる。

 

従って、新規起債の第一回の募集の際に行政府が彼に参加を許してやれば、普通彼はその事を一つの特典と考える。

  

商業国家の臣民が貸付の性向を、または意志を持っているというのもこのためである。

  

〜引用ここまで~

  

国の信頼を持っている債務証書は、別の機会では国から買った時よりも高値で売ることができるため、一部の金持ちや商人は、これを気前良く買い上げると言っています。

 

こういった事情から、国はいざという時のために貯蓄をするのではなく、国民から借りるという手段を持つようになったことが分かります。

 

しかしこのやり方が後に、国を破滅させてしまうきっかけにもなりうるということをスミスは次に述べています。

  

  

国の借金地獄

〜引用 第五篇 第三章~

  

今やヨーロッパの全ての大国にのしかかり、そしてついにはおそらく諸国を破滅させてしまうものと思われる莫大な負債の累積していく過程は、大体似たようなものであった。

 

当初、国家は一私人のやるのと同様、債務の支払いのために何か特定の基金を引当にしたり、抵当(租税など)に入れたりすることなく、大抵いわば対人信用とでも言うべきもので借金を始めた。

  

そして、この方策が行き詰まった時、初めて特定の基金を引当にしたり、抵当に入れたりして借金するようになったのである。

  

これらの様々な条件ができた結果、従来はわずか数年の短期間に限って先借りされていた租税の大部分が、今や永久化されてしまったのであり、しかもそれは、さまざまな継続的な先借によって、これらの税を引き当てに借りた資金の元金ではなしに利子だけしか払えない基金なのである。

  

政府として注意するべきことは、ただ限られた期間内に払える以上の債務を背負わせて、基金が負担荷重にならぬようにすること、また最初の先借の期間が満了しないうちに二度目の先借をやらないことだけである。

  

しかし、大抵のヨーロッパの政府は、たったこれだけの注意を払うこともできなかった。

  

(中略)

  

いったん国債がある程度まで、累積されると、それが公正かつ完全に償還されたという事例はほとんど一つもない、と私は信じている。

  

公共的収入を負担から解放するということは、代わりにそれが成就されたにしても、常に破産によってであった、即ち、公言された破産による場合もあったが、しばしば償還を装ってはいるものの、常に紛れもない破産によって成就されたのである。

  

〜引用ここまで~

  

国が公債を発行し過ぎたことで、利子を払うために他から借りるという元本が返せない借金地獄に陥った国が多々あったことを述べています。

 

借金を返す前に別の借金を借りるというのは、国としても一個人としてもやってはいけないことですね。

  

  

公債を償還するためには

〜引用 第五篇 第三章~

 

地租をもっと公平なものにし、家賃税をもっと公平なものにし、さらに関税や消費税の現行制度に前章で述べた改革を加えれば、恐らく大多数の国民の負担を増すこともなく、ただその負担の重みを全国民にもっと平等に分配するだけで相当に収入を増やすことができよう。

 

大ブリテンの課税制度を大ブリテン系あるいはヨーロッパ系の人々が進んでいる帝国の全ての領域にまで拡大すれば、はるかに大きな収入の増加が期待できよう。

  

ただし、このことは大ブリテン議会になり、希望とあれば大英帝国議会なりにそれらすべての領域の代表を公正かつ平等に受け入れることを認めない限り、即ち、大ブリテンの代表が大ブリテンに課せられる税収に対するのと同じ割合を、それぞれの領域の代表もその税収に対して保つことを認めない限り、大ブリテンの国家制度の基本原理に合致した形で実行することは恐らくできないであろう。

  

〜引用ここまで~

 

スミスは、不必要に決められた税ではなく、前の記事にて紹介した“租税の一般原則”等に則ったものを国全域に拡げることを提案しています。

  

特に商業の新天地であった東インド会社については、租税軽減をすることで更に収入が見込めることも述べ、税に対しては細心の注意を払べきということを指摘しています。

  

[備考として彼の分析も以下に載せておきます。]

アメリカおよび西インドの主要な植民地の収入についての極めて正確な記録によると、それは14万1500ポンドにのぼっていた。

 

この記録はメアリーランド、ノースカロライナ、および大陸や諸島で我が国が近頃獲得した全ての地域が省かれているのであって、そのためにおそらくは3、4万ポンドの開きがあるであろう。

  

それゆえ端数をなくすために、アイァランド(アイルランド)および諸植民地の文治行政を維持するために必要な収入を、総額100万ポンドと仮定しておこう。

  

そうすれば、1525万ポンドが残るわけであって、これだけがこの帝国の一般経費を賄い、交際を償還するために充当しうるぶんである。

  

ところが、もし大ブリテンの現収入の中から、この公債を償還するために平時200万ポンドを割愛し得るとすれば、この改善された収入の中から625万ポンドを割愛するのは極めてたやすいであろう。

  

この巨額の減債基金は、前年に償還された公債の利子の分だけ毎年増加するであろうし、またこういう風にして極めて迅速に増加し、数年をでぬうちに全部の公債を償還し、したがって、現在のところ衰弱消耗しているこの帝国の生気を完全に回復するにたりるほどになるであろう。

 

その間に、人民は最も耐え難い若干の租税から、すなわち生活必需品、または製造業の原料に課せられているものから解放されるであろう。

 

このようにして、労働貧民はより良く生活し、より安価に仕事をし、自分たちの財貨をより安価に市場へ送ることができるようになるであろう。

  

彼らの財貨が安価だということは、それらに対する需要を増加させるであろうし、したがってまたそれらの罪過を生産する人々の労働に対する需要を増加させるであろう。

  

労働に対する需要のこの増加は、労働貧民の数を増加させもすれば、その境遇を改善もするであろう。

  

彼らの消費は増大するであろうし、またそれに伴い従来通りの総勢を貸しておいても差し支えない彼らの一切の消費物品から生じる収入も増大するだろう。

  

  

 

国家としての経費削減

ペリュー諸島から海へ乗り出す、イギリス東インド会社のヘンリー・ウィルソン船長(1784年頃)

〜引用 第五篇 第三章~

  

もし大ブリテンにとって、上述の財源のどれかからかなりの収入増加を引き出すことが実行不可能だということになれば残された唯一の財源は自国の経費を縮減すること以外にはない。

  

大ブリテンは、少なくとも、節約を旨としているという点では、その隣国のどれと比べても劣るところがないように思われる。

  

大ブリテンが自国の防衛のために、平時に維持している事実上の常設編成は、富または力のいずれかにおいて大ブリテンに対抗すると称しうるヨーロッパなどの国家よりも穏当なものである。

  

それ故、これらの費目の中で経費をかなり削減する余地のあるものは一つもないように思われる。

 

ところが、植民地の平時常設編成費は無視できぬものである。

  

しかもそれは全部敵に節約し得る契機であり、またもし植民地から何の収入も引き出せぬというのであれば、当然全部的に節約してしかるべき経費である。

  

もっぱら植民地のために企てられた近頃の戦争では、大ブリテンは9000万ポンドを費やさせられ、1739年のスペイン戦争もまた主として諸植民地のために企てられたものであって、この戦争とその結果としてのフランス戦争とにおいて、大ブリテンは4000万ポンド以上を消費したのである。

  

これら二つの戦争において諸植民地は、最初の戦争の開始以前の国債総額のはるかに倍以上の経費を大ブリテンに負担させたわけである。

  

もしこれらの戦争がなかったら、この国債は今までに完全に償還されていたかもしれないし、おそらくはそうなっていたことであろう。

  

また、もし諸植民地などというものがなかったなら、これらの戦争のうち、前者は企てられなかったかもしれないし、後者は確かに企てられなかったであろう。

  

植民地貿易の独占の結果というものは、人民大衆にとっては利潤ではなくて、まったくの損失に他ならないのである。

  

今こそわが国の支配者たちが、おそらくは国民とともにふけり続けてきたこの黄金の夢を実現するか、それとも自らはこの夢から覚め、国民を目覚めさせるよう努力するか、そのいずれかをなすべき時期である。

 

〜引用ここまで~

  

租税の改善は理想論であることも理解しているスミス。

 

先の戦争によって植民地防衛に莫大な経費が掛かったことやそれ以上の収入を得られる見込みがないことから、経費削減の手段として植民地を一部あるいは全て手放すことを提案しています。

  

軍の維持費は大目に見ても、戦争が起こってしまうと損失が甚だしことが、当時状勢から見て取れます。

 

  

まとめ

・国の信用で企業や国民などからお金を借りる=公債

・戦争などによる突然の出費は公債で対応できる

・無計画に借りることは国の破産にも繋がる

・そうならないためには税制度の改善が必要

・それが無理なら国として経費削減をするべき(植民地を手放す)

  

以上、“公債”についてのまとめでした。

  

収入と支出のバランス、借金の利息や返済の管理……。

 

国借金も個人の借金も本質は同じことが分かりますね。

 

非常時には自国以外の防衛にお金を使っていられない……。

  

荒れるので深く言及しませんが、国の防衛に関しては他人事ではないと実感します。

 

この章で一貫して伝わるのは、お金の管理を間違うと消費活動が減り、それに伴って生産活動も減衰するということです。

 

需要があって供給が生まれる。

  

そのバランスを保つことが国を豊かにする基本なのですね。

  

 

最後に

これにて国富論はお終いです!

  

自由放任主義とも言われる彼の考えですが、自由の中に、秩序を維持するためのルールや国が最低限管理が必要であることを主張していることが分かりますね。

  

収入を生むものが資産、支出を増やすものが負債であること。

  

お金は持っているだけでは意味がないこと。

  

騙されない(損をしない)ために学ぶ必要があること。

 

収入と支出は時に大きな決断が必要なこと。

  

……などなど、スミスの考えの一つ一つは、私たち個人の生活にも活かしていけるものでもあることを学ぶことができました。

  

どれも現代にも通じる考え方であり、とても面白い内容でした。

 

ここまで読んで、何か一つでも学びになっていただけたら嬉しいです。

  

以上、国富論お付き合いただきありがとうございました!

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