教育文学

だれひとり今日を生きようとはしていない。~エミールより~

教育

前回記事

 

 

この記事では、ジャン・ジャック・ルソーが著した“エミール”から、子育てや生活に役立つような言葉を抜粋して紹介していきます。

      

“子どもは子どもの教育が必要である”と考えたルソーの考えを、1記事に3つずつまとめていきます。

      

またそれらの言葉がこの本の要約にもなるようにまとめていきます!

  

ジャン=ジャック・ルソー(1712~1778年)

  

  

「だれひとり今日を生きようとはしていない。」

人生は短い、と人々は言っているが、私の見るところでは、人々は人生を短くしようと努力しているのだ。

 

人生を利用することを知らないで、彼らは時がたちまちに過ぎ去ることを嘆いているが、私の見るところでは、時は彼らの意に反してあまりにもゆっくりと過ぎていくのだ。

 

目指す目的のことばかり考えている彼らは、自分たちとその目的とをへだてている間隔を恨めしく思っている。

 

ある者は明日になればと思い、ある者はひと月経てばと思い、またある者は今から10年経てばと思っている。

 

だれひとり今日を生きようとはしていない。

 

だれひとり現在に満足しないで、みんな現在の過ぎ去るのをひどく遅いと感じている。

 

時はあまりにも速く流れていくと嘆くとき、彼らは嘘をついているのだ。

 

彼らは時の流れを速める力を喜んで買いたいのだ。

 

彼らの一生をむだにすることに喜んで彼らの財産を使いたいのだ。

 

そして、退屈でやりきれなかった時間、待ち通しくてたまらなかった瞬間までの時間を、自由に捨てることができたとしたら、自分に与えられた歳月をごくわずかの時間に縮めてしまわなかったような人はおそらく1人もいないことになる。

 

 

「時が流れ去るのを決して願わないような人があるならば、その人は人生をあまりにも短いとは考えないだろう。」

なぜ君たちは、人生は短いと嘆くのか。

 

君たちの好みからすれば、人生は十分に短くないのに。

 

君たちの中にたった1人でも、欲望に限度を与えることを知っていて、時が流れ去るのを決して願わないような人があるならば、その人は人生をあまりにも短いとは考えないだろう。

 

その人にとっては、生きることと楽しむこととは同じことになるだろう。

 

そして、若いうちに死ぬことになるとしても、必ずその生涯に満足して死んでいくだろう。

 

 

「私はエミールを、いつも何か願っている者、待っている者にではなく、楽しんでいる者に育てたのだ。」

私の方法にはそういう利益があるだけだとしても、それだけでも、他のどんな方法よりも私の方法を好ましいものとしなければなるまい。

 

私はエミールを、いつも何か願っている者、待っている者にではなく、楽しんでいる者に育てたのだ。

 

そして彼は、その欲望を現在の向こうにしておく場合にも、時の歩みの遅さにいらいらさせられるほど激しい熱にとりつかれはしない。

 

彼は欲望する楽しさを味わっているだけではなく、求めている対象に近づいていく楽しさも味わっていることだろう。

 

 

まとめ

今回は人生における時間と無駄についての話でしたね!

 

何かを成し遂げようとする時、それが大きければ大きいほど壁も厚くなる。

 

成果を得ることばかり考えている人にとっては、今の辛い時間を早く過ぎされと願うばかりで、全く不毛であるということを、彼は言っていますね。

 

私はエミールを、いつも何か願っている者、待っている者にではなく、楽しんでいる者に育てたのだ。

 

この文に表わされているように、成果を得るための過程を楽しめるようになることはとても大切だと思います。

 

成長の過程に楽しみが生まれ、できない自分に絶望することはあっても、歩みを止めることは無くなる。

 

そんな生き方のヒントがこの文には隠れていると感じます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました