今回は、言語哲学と言えばこの人!と言わんばかりの知名度を誇る、ソシュールとウィトゲンシュタインについての記事をまとめました。
言葉によって世界が作られると考えた二人の思想がそれぞれ記事に散りばめられています。
以下に簡単な記事紹介を添えたので、各記事へのアクセスとしてお使いください。
言語は記号である~ソシュールの言語哲学(前編)~
我々の言語はすべて記号の体系ではないかということに気づいたソシュール。
彼はこの言語の考え方に対し、シニフィアンとシニフィエというふたつの言葉によって説明しています。
言語は世界を区切り認識させる~ソシュールの言語哲学(後編)~
「言語が世界を規定している。」
彼はそう言い、世どのように世界を区切るのかが重要であることを説きました。
言葉というツールをどのように捉えるべきなのかを考えています。
語りえぬものについて、ひとは沈黙しなければならない~ウィトゲンシュタインの言語哲学(前編)~
「言葉がなければ世界は認識できない。」と言ったのがウィトゲンシュタインです。
彼もソシュール同様、言葉の二面性によって言語を解き明かそうとしています。
彼が考えた二面性は、日常言語(自然言語)と科学的言語です。
言語ゲーム~ウィトゲンシュタインの言語哲学(後編)~
客観的事実を切り取ることができる科学的言語の方がより重要であると考えていたウィトゲンシュタイン。
しかし人々の会話を分析していく内に、日常言語の重要性に気づいていきます。
彼の分析の結果は一体どのようなものだったのでしょうか。
以上、ソシュールとウィトゲンシュタインの言語哲学のまとめでした。
私たちが普段何気なく使っている言葉を、世界の現象に当てはめて考えた言語哲学。
彼らの考え方を知ってから、普段使っている“言葉”という信号に少し色が付いた気がします。
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