ヒ素は地球上に幅広く分布している物質のひとつです。
毒入りカレー事件をきっかけに、その毒性は一般にも広く知れわたることになった元素でもあります。
無味無臭、無色であるヒ素の毒は、古代ローマの頃から暗殺の道具として使われてきました。
意外なことにヒ素は、ワカメやひじき、エビやカニなどの海産物やキノコなどに多く含まれています。
硫化物など鉱物として存在する無機ヒ素が風化し、山から川へ、川から海に流れ出る過程で植物や生物に蓄積されていくためです。
しかし海へ流れ出るまでの間に自然の浄化作用によって有機化合物になるため、海産物などを食べたとしても人体への影響は無視できるとされています。
ヒ素の発見
発見者はドイツのキリスト教神学者アルベルトゥス・マグヌスです。
アリストテレスの思想に基づき、宇宙論的に神の存在証明しようとした神学者トマス・アクィナスの師匠でもあります。
マグヌスもアリストテレスの著作を自ら検証し、注釈書を著作していくほどの経験論者でもあります。
13世紀に書かれた彼の著書の中でヒ素について言及されていたことから、発見者として名前がつけられています。
ヒ素の元素名arsenicは、ギリシャ語のarsenikon(黄色い顔料)が由来とされています。
毒性が知られていない頃には、黄緑や緑色の顔料や染料にも使われたことがあります。
フランス皇帝ナポレオンがセントヘレナ島に幽閉されている間、彼が好んだ黄緑で彩られた屋敷に住んでいましたが、その時に使われた塗料がヒ素を使っている可能性が高いことが分かっています。
彼の毛髪のサンプルから大量のヒ素が検出されたことや、彼の死因とされている“胃ガン”はヒ素との接触でリスクが高まることが分かっているからです。
ヒ素の用途
そんな毒々しいヒ素ですが、薬として使われることもあります。
猛毒の亜ヒ酸(三酸化二ヒ素)は、処方によっては急性前骨髄球性白血病の治療に高い効果を示すことが分かっています。
また、ペニシリンが発見されるまではヒ素化合物のサルバルサンが梅毒の治療薬として使用されているなど、命を救うために使われることもありました。
産業としては、ヒ素とガリウムに化合物であるヒ化ガリウムが、赤色・赤外光の発光ダイオードや半導体レーザー、電子機器の回路などに使われています。
高濃度のヒ素に耐える植物
モエジマシダは猛毒のヒ素を葉に蓄えるにも関わらず、通常通り生育することができる植物です。
モエジマシダは葉の2%もの部分にヒ素を蓄積することができますが、根から吸収されたヒ素がどのように蓄積されるかは謎でした。
量子化学技術研究開発機構(2021年7月更新)は、世界で初めてモエジマシダがヒ素を体内に蓄積する様子の記録に成功しました。
放射性同位体のヒ素を含んだ水を根に吸わせ、陽電子の放出を検出する装置を使って記録をし、168時間のあいだに、根から根茎、根茎から葉脈や葉へと動く様子を捉えました。
特に根茎は、根から吸収されたヒ素が若い葉ではなく成熟した葉にいくように調節する機能があることがわかりました。
この研究によって、ヒ素などで汚染された土壌を植物によって、低コスト、低負荷で浄化する道が開け、今後の発展も期待されています。
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