聖母であり武芸の神~神功皇后(じんぐうこうごう)~

神話
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仲哀天皇八年(西暦200年)。

 

神功皇后三韓(新羅)征伐の命が下ったのは、夫である第14代仲哀天皇崩御した後でした。

第14代仲哀天皇

 

仲哀天皇は神(住吉三神)から

「海の向こう(朝鮮)に財豊かな土地がある。」

とお告げがありましたが、当時はクマソ制圧に向けて大忙しの仲哀天皇。

 

神の啓示を十分解釈しないまま、クマソ攻略に向かいます。

 

これには神も腹を立て、

「クマソ攻略を失敗させる他ない」

とお告げを残し、その通りクマソ攻略は失敗に終わります。

 

その際、仲哀天皇は命を落としてしまうことになります。

クマソの穴

 

神のお告げを重く受け止めた妻の神功皇后は、神の命を果たすべく、お腹に子供を孕んだまま新羅へ向かっていくことになります。

月岡 芳年「日本史略図会 第十五代神功皇后

新羅出兵の前には、改めて住吉三神(底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命)から、

「新羅を制圧すべし」

とお告げを受け、結果その通りに三韓(新羅)征伐を成し遂げたのです。

 

豆知識

・神のお告げを真剣に受け止めた神功皇后は、三韓征伐の前に仲哀天皇が成し遂げられなかったクマソ討伐もやってのけます。

 

・身重にして数々の功を成した神功皇后は、武芸の神としても祭られています。

歌川国貞「御誂座敷幟ノ内 神功皇后と武内大臣」

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