彼らを堕落させるのは、他人が示すお手本なのだ。~エミールより~

教育
教育文学
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この記事では、ジャン・ジャック・ルソーが著した“エミール”から、子育てや生活に役立つような言葉を抜粋して紹介していきます。

     

“子どもは子どもの教育が必要である”と考えたルソーの考えを、1記事に3つずつまとめていきます。

      

またそれらの言葉がこの本の要約にもなるので、よろしければ参考までにどうぞ!

  

ジャン=ジャック・ルソー(1712~1778年)

 

       

「彼らを堕落させるのは、他人が示すお手本なのだ。」

青年の過ちが起こるのは、欲情のせいでも、官能のせいでもない。

  

それは臆見のせいだ。

 

そして彼らを堕落させるのは自然ではなく、他人が示すお手本なのだ。

 

地方の父親の家で賢明に育てられた青年を考えていただきたい。

 

彼は品のいいことを良いことだと思い、健全な意志さえ持っている。

 

彼は不徳を軽蔑し、放蕩を嫌悪している。

 

半年経った後、もう一度その青年を調べていただきたい。

 

あなた方はにはもう、それが同じ青年とは思われないだろう。

 

淫らな話、生意気な言い草、だらしない風采は彼を別の人間かと思わせるだろう。

 

世間に出たかと思うと、彼はそこで、最初の教育とは全く反対の第二の教育を受ける。

 

尊敬していたものを軽蔑し、軽蔑していたものを尊敬することを学ぶ。

 

 

「同僚の騒々しい遊びごとにうんざりしながらも、それを拒むことができなかった。」

親衛隊のある若い士官は同僚の騒々しい楽しみごとにうんざりしながらも、彼らにあざけられることを恐れ、それに加わることを拒むことができなかった。

 

彼はこう言っていた。

「私はそういうことに自分を訓練しているのです。嫌いなタバコも吸う練習をしているようにね。」

「好みは習慣から得られるでしょう。いつまでも子どもでいるわけににはいきませんよ。」

 

……このように、青年は自分の傾向よりも他人の傾向に屈することが多いし、自尊心は恋よりも多くの放蕩者を作り出すのだ。

 

 

「私は素朴な態度をとりながらも、彼を大人として取り扱っていることが分かるようにしてやる。」

エミールほど人の真似をしない人間が世界のどこにいるのか。

 

彼をあざけわらう連中に対して武装させるために、私は20年間努力をしてきたのだ。

 

わたしはいつも素朴な態度をとるようにしながらも、真面目で明快に、筋の通った話をして、私こそ彼を大人として取り扱っていることがよくわかるようにしてやる。

 

あなたをあざけ笑う連中は、自分たちよりもあなたが優れているのを知って、心の中でそれを悔しがっている。

 

彼らはあなたを自分たちの低い水準にまで引き下ろしたいと思い、あなたのことを非難しているのだ。

 

 

まとめ

ルソーは教育を3つの段階に分けてまとめています。

①自然の教育

②人間の教育

③事物の教育

 

前回までの記事(幼少期から青年期)までは、自然によって育てる教育が中心でした。

 

今回まとめたあたりから、“人間の教育”について触れられていきます。

 

若い心の持ち主が世間に揉まれるとどうなるのかを分析していく話が多くなります。

 

まとめると、生活する環境と付き合っている人間に流されやすいということを言っています。

 

同僚の騒々しい楽しみごとにうんざりしながらも、彼らにあざけられることを恐れ、それに加わることを拒むことができなかった。

 

という若い親衛隊の姿に身に覚えがある方もいるのではないでしょうか。

 

ルソーは、世間にでた若者を虚栄心から守ってやるために必要なことは、青年とのそれまでの関係であると説いています。

 

エミールに対して常に冷静で突き放しているような態度は実は、可能なことは自分でやらせ、一人でやり抜く力をつけるために必要なことだったのです。

 

ただ、それでだけでは将来世間に出たときに、甘く優いけれどあなたのことを一ミリたりとも考えていない人の意見に流されてしまう

 

だから20年もの長い期間をかけて、どれだけ愛してきたかを伝えていくのである……と彼は考えています。

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