色々とある身の飾りは、欠点を隠すためにあるにすぎない。~エミールより~

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この記事では、ジャン・ジャック・ルソーが著した“エミール”から、子育てや生活に役立つような言葉を抜粋して紹介していきます。

     

“子どもは子どもの教育が必要である”と考えたルソーの考えを、1記事に3つずつまとめていきます。

      

またそれらの言葉がこの本の要約にもなるようまとめていきます!

  

ジャン=ジャック・ルソー(1712~1778年)

 

           

「色々とある身の飾りは、欠点を隠すためにあるにすぎない。」

衣装は人目をひくことはできても、人はその人自身によってのみ他の人を喜ばせる。

  

私たちの着ているものは私たちそのものではない。

 

あまり服装に凝るとかえってみっともないことになる、というのはよくあることだ。

  

着ている人をもっとよく目立たせる服装は、もっとも目立たない服装である場合もよくあることだ。

  

女の子が華やかな衣装をつけると、「なんて美しいんでしょう!」と言う。

  

全く反対に、色々とある身の飾りは、欠点を隠すためにあるにすぎない。

  

美しい人の本当の勝利は、その人自身の美しさによって輝かしく見えることだ。

  

  

「どんな服装をしていても人に自分の方を見てもらえるようにする技術があることに気がつく。」

幼い女性が大きくなるにつれて気がつくことは、そういう外部的な魅力だけでは十分ではないということ、自分自身に魅力がなければならないということだ。

  

自分に美を与えることは決してできないし、そんなに早くから愛嬌をふりまくことができるようにもなれない。

  

しかし、動作に快い様子を、声に人の心をそそるような調子を与え、落ち着いた態度をとり、軽快に歩き、優美な態度を示し、あらゆることで自分を有利なことを考えてする、そういうことは早くからやってみることができる。

  

そうすることで、声は広がり、しっかりしてきて、よく透るようになる。

  

腕は発達し、足どりは確かになり、どんな服装をしていても人に自分の方を見てもらえるようにする技術があることに気がつく。

  

そうなるともう針と手仕事だけが問題ではなくなる。

 

これまで持たなかった才能が現れてきて、早くもその効用を感じさせることになる。

  

  

「金のかかる飾りは、人のために必要なものではない。」

飾りを必要とする人もいるにはいるが、豪華な装いがどうても必要になる人はいない。

 

金のかかる飾りは身分のために必要な無用の品で、人のために必要なものではない。

目立つオシャレも時には喜ばれることもあるが、けっしてけばけばしいものであってはならない。

 

美女ヘレネ(※1)をゴタゴタ飾り立てて描いた下手な画家に、アペレス(※2)はこう言った。

  

「君は彼女を美しく描けないものだから、豪華な姿に描いている。」

  

私はさらに、この上なく華やかな飾りは、たいていの場合醜さの証であることを知った。

 

良い趣味をもち、流行りを気にしない若いお嬢さんにリボンや薄いきれや花を与えるがいい。

  

宝石のネックレスやダイヤモンドやレースなどはなくても、彼女が身につける飾りは、ある上品に見える店のがらくたのような飾りより百倍も彼女を魅力的に見せるだろう。

  

※1ヘレネ

ギリシャ神話に登場する絶世の美女。

トロイア戦争のきっかけとしても有名。

ヘレネをモデルにした絵画

詳しくは↓

  

※2アペレス

古代ギリシャ最高の画家と呼ばれた人物。

今無き彼の作品を復元しようとボッティチェリなどの巨匠も彼の絵の再生に挑んだ。

詳しくは↓

 

 

まとめ

今回は身につけるモノと人の魅力についての文でしたね!

 

必要以上に着飾ることはその人の本当の魅力ではないという、物事の本質を考えさせられる話でした。

 

身に付けているものでその人を測ることは難しいというのはよく聞く話……。

 

ルソー的に言えば、あれやこれオシャレするのも良いですが、シャツ1枚がしっかり似合う体つきや姿勢、振る舞いも、魅力を十分に発揮する方法だということですね。

  

また同じように自分の持っている技術を磨くこともまた魅力……と。

 

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