哲学

【韓非子㉙】悪い習慣は中々改善できない

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【前回記事】

 

この記事では、中華戦国時代末期(紀元前403~紀元前222年頃)の法家である“韓非”の著書韓非子についてまとめていきます。

      

韓非自身も彼の書も、法家思想を大成させたとして評価され、現代においても上に立つ者の教訓として学ぶことが多くあります。

        

そんな韓非子から本文を抜粋し、ためになるであろう考え方を解釈とともに記していきます。

      

【本文】と【解釈】に分けていますが、基本的に解釈を読めば内容を把握できるようにしています。

       

今回のテーマは“夫(そ)れ少者(しょうしゃ)長者(ちょうしゃ)に侍(はべ)りて飲む”です。

      

                       

           

夫れ少者、長者に侍りて飲む

【本文】

夫(そ)れ少者(しょうしゃ)長者(ちょうしゃ)に侍(はべ)りて飲む。

 

長者飲めば亦(また)自ら飲むなり。

 

一に曰わく、魯人に自ら善くする者有り。

 

長年の酒を飲みて釂(しょう)に能(た)えずして則(すなわ)ち之を唾(は)けるを見て、亦(また)効(ならい)て之を唾く。

 

一に曰わく、宋人に少者有り。

 

亦善に効(なら)わんと欲し、長者の飲みて余り無きを見て、酒飲むに堪(た)うるに非(あら)ずして、而(しか)も之を尽くさんと欲す。

 

【解釈】

もし若者が年長者の付き人として酒を飲む場合、まず年長者が一杯飲んだら自分も一杯飲むというようにする。

 

ある人の話では、他人の行いから熱心に学ぶことを好む魯の人はある時、年長の人が酒を飲み飲みきれずに口から吐き出したのを見て、自分もこれに習って吐いたそうな。

 

また別の話では、宋の国にも同じような若者がおり、年長の者が酒を飲んだ際、酒を余りなく一息で飲んだのを見て、若者は酒が強くないにも関わらず飲み干そうとして苦しんだそうな。

 

 

悪い習慣は中々改善できない

この逸話は、自分で考えもせずただ上の者に習って行動しているだけでは意味がないということを物語っています。

 

また、悪い習慣であっても、それを行なっているうちは中々改善できないということも伝えている節です。

 

長者としては悪気はなく、当たり前だと思って行動していることもたちが悪いです。

 

組織のトップが悪気なくやっている悪習に気づくには、それこそ第三者の視点からの確認が必要という教訓とも言えます。

 

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