哲学歴史

キングダムに登場した“韓非”について①〜荀子と孟子〜

哲学
ヤングジャンプ 「キングダム」 758話より

  

久しぶりにキングダムを読んでみたら、韓非が出てきていて驚きました。

 

韓の国を訪れた主人公の信たちに「人とは何か」の問答をふっかけてきました。

 

韓非は、秦国の法家である李斯に並んで中国戦国時代末期の国家統治論を発展させた人物です。

 

この記事では、最新のキングダムをより面白くするために、“韓非”について紹介しようと思います。

 

今回は、韓非を知る上で欠かせない“荀子と孟子”についてのまとめです。

 

 

性善説と性悪説

性善説と性悪説と言えば、その言葉の響きから何となく意味を知っている人も多いのではないでしょうか。

 

性善説とは、「人間はもともと立派な本性があるのだから、しっかりと教育をすれば主体的に努力するようになるだろう」という考え方です。

 

これは、諸子百家時代の儒家“孟子”が主張した考え方です。

 

孟子(紀元前372~289年頃)

 

性悪説とは、「人間はもともと賢くない存在なのだから、自分から学ぼうとはしない。

 

だから、社会システムや制度によって半強制的に教えるべきだろう」という考え方です。

 

これも、同じく諸子百家時代を生きた儒家“荀子”の考え方です。

 

荀子(紀元前313~238年頃)

 

中華戦国時代に文書行政が始まって以来、上人、中人、下人と、3つの人間に分けて考え方が出てきました。

 

上人とは、書く人のことです。

 

行政文書を考案して書く中央政府の役人を指します。

 

中人とは、読む人のことです。

 

行政文書を読み命令に従う地方の役人を指します。

 

下人とは、読み書きのできない普通の人を指します。

 

孟子は誰をもって性善としたかといえば、自分と同じ識字階級の上人たちです。

 

インテリ層の人たちは、学ぶ機会もあり方法も分かっていることも多く、自分で努力して学べばそれで十分という考え方です。

 

対して荀子の性悪の対象下人です。

 

字の読めない人間に対して自分たちで努力せよと諭しても、やりようがないのだから半強制的に勉強する仕組みを作るべきだという考え方です。

 

なので、この二つはパッと見だと対立するような考え方に感じますが、実は、それぞれの階級に対して合った教育があるという見方ができるのです。

 

しかし、国を動かすのは上人であっても、世の中の大半は字の読めない下人だったと言うことも事実でした。

 

 

孟子の“易性革命論”

孟子の考え方に“易性革命論”があります。

 

これは、国を統治するためには天命を大切にせよという考え方です。

 

この頃の時代は、天上の神様のことを“”と呼んでいました。

 

国を統治するということは、天からの命によって王が国を治め、王は人民が安らかに暮らすことを保障するということと考えられています。

 

孟子は、もし王が愚かで、民衆を苦しませる政治を行った場合、店は愚かな王に対して飢饉や河川の氾濫などの自然災害によって警告を発すると述べ。

 

それでも王が悪政を改めない場合は、民主に命令して下剋上を起こさせ王を取り替えるのだと説きました。

 

によって王朝がまり、(かわ)るため“易性革命論”と呼ばれています。

 

哲学と宗教全史では、この易性革命論がジャン・ジャック・ルソーの“社会契約説”と類似していることが指摘されています。

 

ジャン=ジャック・ルソー

 

フランスの哲学者(啓蒙家)であるルソーが活躍した時代は、フランス革命の直前に当たります。

 

神と人間が契約を結ぶという古いキリスト教的な発想は否定された時代です。

 

ルソーは、「人間はそれぞれが本来、主体的な力や自由を持っている」と主張しました。

 

その上で、自然の中で自由に生きてきた人間が、社会という枠組みの中で誰にも制限されずに主体的に生きるべきだと説きました。

 

社会の中で主体的に生きるために、自分が所属する共同体と契約を結ぶことを“社会契約”と呼びました。

 

このとき自分の権利の一部を共同体に委譲し、その結果として都市や国家が生まれていきます。

 

しかし、共同体に所属する人々が好き勝手に行動すると、私利私欲に走るものが出て政治が機能しません。

 

そのために“一般意識”という、公共の利益と正義につながる統一された概念が大切であると主張しました。

 

このルソーの“一般意志”と孟子の“天命”の考え方はどちらも、人民主権を最も重視する点や社会の秩序を守るには公共の正義が必要という点などで共通した考えがあります。

 

 

荀子による孟子批判

悪政を行うと天が天変地異を持って人々に警告するといった孟子の考え方に対し「河川の氾濫も作物の不良も単なる自然災害だろう……」と真正面から批判したのが荀子です。

 

荀子自身は合理的な考え方をする一方、人間が合理的ではないという行動経済学的な見方も持っていました。

 

人間が生まれながらに賢い存在であるはずがなく、むしろ、主体性がなく、世間の誘惑に影響されやすい存在だと考えていました。

 

それゆえ、人間は学問を積んで善なる存在になるべく、生涯努力を続けなければならないと説いていたのです。

 

そんな荀子の性悪説のもとで学んでいた弟子の一人が“韓非”です。

 

次回、韓非について彼の考え方などをまとめていきます。

 

 

まとめ

・性善説=孟子、性悪説=荀子

・荀子「生涯学び続け、善を目指すことが必要」

・韓非=荀子の弟子(次回記事にて紹介)

 

荀子の言葉に“青は藍より出でて藍より青し”と言う成語があります。

 

顔料の青は植物の藍から取れるが、藍よりも青くなるという意味の言葉です。

 

これが転じて、優れた師から体系的に学ぶことで、師を超えるほどの人物になることができるという意味になりました。

 

生涯学習を通して、良い師(教材や本)を探し学び続ける……。

 

いつになっても学ぶことが大切だということに気づかせてくれる人物でもあります。

 

次回はいよいよ韓非についてのお話。

 

韓非や李斯など関係する人物なども踏まえてまとめていきます。

 

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