【国富論⑨】国家として必要な経費〜防衛費~

経済
経済
この記事は約11分で読めます。

【前回記事】

  

アダム・スミス(1723~1790年)

     

この記事ではアダム・スミス国富論を読み解いていきます。

       

見えざる手、自由放任主義……、どこかで聞いたことがこれらの言葉はここから生まれてきました。

      

経済学の始まりともいえる彼の著書を通して、世の中の仕組みについて理解を深めていただけたら幸いです。

        

前回は、“経済学の目的”についてまとめていきました。 

  

スミスは「経済学は、人民と主権者との双方を富ますことを意図しているのである。」と述べ、とは金・銀貨幣の蓄積よりも消費財の蓄積であると主張しました。

  

この主張が彼が重商主義に批判的であったとされる点の大きな要因となりました。

 

今回から第五編に突入し、主権者や国家の収入についての内容になります。

 

国家の収入や経費(防衛費や司法費)など、社会において公的な部分の仕組みについて記された編です。

  

この記事では、それらのうちの“防衛費”についてまとめていきます。

  

  

防衛費について

〜引用 第五篇 第一章 第一節~

  

主権者の第一の義務、すなわちそれは社会を他の独立の社会の暴力や侵略から保護するという義務は、軍事力によってのみはたしうる。

 

しかし、この軍事力を平時に準備するにも、戦時に行使するにも、そのための経費は、社会のさまざまの状態により、改善のさままざの時期によって、はなはだしく相違しているのである。

  

我々が北アメリカの原住民の諸種族のあいだで見るような、社会の最低でも最も未開な状態にある狩猟民族のあいだでは、各人は狩猟者であると同時に戦士でもある。

  

彼は、自分の社会を防衛したり、または他の社会からこうむった損害に復讐したりするために戦争に行く場合、自分の家で生活しているときと同じように、自分の労働で自分を扶養する。

  

事物のこういう状態のもとでは、本来、主権者もなければ国家もないのであるから、彼の社会は、彼を戦場へ送るための準備をしたり、またはそこにいるあいだの彼を扶養したりするために、どのような部類の経費をも負担しないのである。

  

〜引用ここまで〜

 

主権者の義務の一つは国防であるという切り出しから始まる第五編。

  

軍事費は時期や状態によって異なり、その原始的な例として当時の北アメリカの狩猟民族を挙げています。

 

狩猟民族の間では、彼らに兵士や狩猟者という役割の区別はないため、争いに必要な戦費を別に準備しておく必要がないと言っています。

  

そのため、主権者や国家があるわけではないと言います。

 

ここでいう主権者は、国を動かす役人のトップのような存在だと思ってください。

  

弓やを引いたり槍を投げたり、格闘で試合することが日常のタータル人やアラビア人などような人種においても、その人物がそのまま戦の場に立てるものとし、主権者は戦費を捻出する必要がないと言います。

 

また、農作業として鋤や鍬を扱う人物たちも、冬の寒さに強く、道具を持ち替えることで、兵士としての力をもつことも可能なため、主権者たちはめったに戦費を負担することはないとされています。

 

ではどのような場合に戦費というものが必要なのか。

  

その原因は、製造業の進歩戦争技術の改善にあるとスミスは言っています。

  

  

製造業の進歩と戦争技術の改善

〜引用 第五篇 第一章 第一節~

  

もっとも進歩した社会状態においては

  

二つの異なる原因から、出陣する人々が自費で自分を扶養するということが全く不可能になった。

  

これら二つの原因とは、製造業の進歩と、戦争技術の改善である。

  

例え営農者が遠征に参加するようなことがあっても、それが播種期後に始まって収穫前に終わるものである限り、彼の仕事が中断したところで、必ずしも常に彼の収入が著しく減少することにはなるまい。

  

彼の労働が加えられなくても、やり残された仕事の大部分は自然が引き受けてくれるのである。

  

ところが、例えば鍛冶屋とか、大工とか、織工とかという工匠が自分の仕事場はなれれば、その瞬間に、彼の収入の唯一の源泉は完全に枯渇してしまう。

  

自然は彼のためには何もしてくれず、彼は自分のために何もかもするのである。

  

したがって、彼が公共社会を防衛するために出陣するばあい、彼は自分を扶養するために収入が皆無なのであるから、必然的に公共社会によって扶養されざるをえない。

  

そのうえ、戦争技術が次第に発達して非常に混み入った複雑な科学になり、戦争の経緯も社会の初期状態の時代のように、ただ一つの出会い頭の小競り合いや戦闘では決着しなくなり、抗争が総じていく回もの野戦となって長引き、しかもその各々が年々の大部分を通じて継続するようになると、公共社会のために従軍する人々を、少なくともその従軍中は公共社会が扶養するということが一般的に必要になってくる。

  

戦争技術というものは、確かにあらゆる技術の中で最も高尚なものであるから、文明の進歩につれて、それは必然的に最も複雑な技術の一つになる。

  

機械技術の状態が、それが必然的に関連する他の若干の技術の状態とともに、ある特定の時代の戦争技術ほどの程度まで完全なものにされ得るかということを決定する。

  

ところが、それをこの程度の完全さにするためには、それが市民の特定階級の唯一または主要な職業になる必要があるし、またあらゆる他の技術の場合と同様に、この技術の改善のためにも、分業が必要になる。

  

〜引用ここまで〜

  

製造業の進歩によって、農業以外の仕事に従事する人が増えたことが、戦争の経費が必要になる原因であるとスミスは指摘しています。

 

工匠や製造業者は仕事から離れた途端に収入が途絶えてしまうと、その者は戦争どころではなくなってしまうということですね。

  

また、戦争がいっそう複雑なものになるにつれて、その技術が発達していくのは、分業による専門技術の進歩によるものだとも述べています。

  

 

常備軍の必要性

〜引用 第五篇 第一章 第一節~

  

あらゆる時代の歴史は、規則正しい常備軍が民兵に対して抜きがたい優越性を持っていることを立証している、ということがわかるであろう。

  

十分権威のある、何か歴史の上に明確な記録を多少ともとどめている最初の常備軍の一つは。マセドンのフィリップのそれである。

  

トラキア人、イリリア、テッサリア人及び、マセドンに隣接するギリシャの諸都市の若干のものとの、彼の度々の戦争は、当初おそらくは民兵であった彼の部隊を次第に厳格な規律を持つ常備軍へと作り上げていった。

 

この軍隊は、実に長期の激闘の挙句、古代ギリシャの主要共和国の勇敢で訓練の行き届いた民兵を征服し、鎮圧した。

  

ギリシャ共和国やペルシャ帝国の没落は常備軍があらゆる部隊の民兵に対しても抜き難い優越性の結果であった。

  

これは、歴史上明確な、または委曲を尽くした、何かの記録が残されているところの、人類の諸事件にあげる第一の大革命である。

  

(中略)

  

常備軍の兵士は、おそらくまだ1度も敵を見たことがなくても、老練な舞台に勝点を取らぬほどの勇気を備え、出陣する、まさにその瞬間から、最も頑強で経験を積んだ老練な兵士達に迎えたこともしばしばあったように思われる。

  

1756年にロシアの軍隊がポーランドに進軍した時、ロシア部屋の勇気は、当時のヨーロッパで最も頑強で最も経験を積んでいると考えられていた、プロシア兵のそれに比べても、引けをとらなかったらしい。

  

ロシア帝国は、それまでにもう二十年近くもの間、深閑とした平和を享受していたから、当時かつて敵を見たことのある兵士はごくわずかしかいなかったはずである。

  

十分に規制された軍隊が維持されてきたところでは、兵士が自分たちの勇気を忘れてしまうなどということは決してないように思われるのである。

  

十分に規制された、常備軍からも支持されていると感じている主権者は、最も粗暴で無根拠な、しかも最も放恣な抗議に対しても平然としていられる。

  

これら常備軍の必要性から、主権者の第一の義務、すなわちその社会を他の独立の社会の暴力や不正から防衛するという義務は、その社会の文明が進むにつれて、次第にますます経費のかかるものになってくる。

  

〜引用ここまで~

  

スミスは、他国から国を守るためには常備軍が必須であるということを述べています。

  

正しく訓練された常備軍は、例え戦争の経験がなくともその効果を発揮できたというロシア帝国の例も挙げられています。

  

中略の部分には、カーシージの常備軍がローマ民兵を打ち破ったことや、逆にローマが常備軍を作ったことでカーシージの常備軍を打ち破ったりと、それまでの戦争の分析が記されています。

  

また他国が交渉にやってきた際、軍事力があればどんなに横暴な要求をされようとも、こちらの立場を貫けるという外交的な意味も込められています。

  

しかし、文明が進むにつれて、それに必要な経費も多くなってくるという懸念も残しています。

 

  

火器が経費を増大させる

〜引用 第五篇 第一章 第一節~

  

火器の発明によって戦争技術に導入された大変化は、一定数の兵士を平時において訓練したり、規律に服させたりする経費と、戦時において彼らを刺激する経費との双方を更に増大させた。

  

彼らの武器も弾薬もいっそう経費のかかるものになった。

  

小銃は、投げやりや弓矢よりも経費のかかる機械であるし、大砲または臼砲は、石弓またはやり弓よりもそうである。

  

近代においては、数多くの異なる原因が作用して、社会の防衛をいっそう経費のかかるものにしている。

  

近代戦における火器についての大経費は、この経費を支出する余裕を最も多く持つ国民を明白に有利な立場に立たせ、したがってまた、裕福な文明国民を貧しい野蛮国民よりも有利な立場に立たせる。

  

古代においては裕福な、文明国民は貧しい野蛮国民に対して自衛することが困難だということを知っていた。

  

近代においては、貧しい野蛮国民は、裕福な文明を国民に対して自衛することが困難だということを知っている。

  

火器の発明は、一見したところ、非常に破壊的性質を持つように思われるけれども、文明の永続にとっても拡大にとっても間違いなく有利なものなのである。

  

〜引用ここまで~

  

経費の増大の要因は、火器の発明によるものであると述べています。

  

その火器をもって訓練させたり、戦場で戦うための準備、そして何より火器やその弾薬などによって経費はより必要なものになっていると言っています。

  

火器の発達によって他国から自国が侵略されることもあるため、その防衛にも経費がさらに必要になることも分かりますね。

  

ただし、火器の発明は、文明の永続、拡大にとってはとても有利だともスミスは述べました。

 

  

まとめ

主権者の第一の義務=自国の防衛

・防衛するに当たり、本来の収入がなくなる人が出てくる

・その点を補うことが防衛費のはじまり

・戦争によって火器が発達する

・火器の使用、訓練に経費が掛かる

・しかしこれらによって作られた常備軍は、軍事的にも外交的にも有利

  

以上、“防衛費”について国富論よりまとめました。

  

インターネット、ロケット、原子力などなど、戦争をきっかけ技術革新が起こるとも言われています。

  

18世紀の頃からそれについては指摘されていたのですね。

  

現代でも、国際的な発言権が強いのは強大な軍事力がある国ですし、この指摘はいつの時代も変わらないのだと感じます。

  

それで言うと軍事費の増強は、今後国として存続するためにもある程度必要な要素なのかもしれませんね。

  

とは言ってもそれを決めるのはお上の仕事。

  

私たちは、いつどのような決断をされても対応できるように準備しておくことが大切なのではないかと思います。

 

【次回記事】

コメント

タイトルとURLをコピーしました