「仏の顔も“〇〇”まで」三回ではなく三度までのワケ

雑学
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皆さんが怒りを堪えたとして、何度まで相手を許すこができますか?

  

怒ること自体エネルギーを使うことですし、なるべくそういうストレスから離れたいというのが本音という方も多いのではないでしょうか?

 

しかし、相手が同じミスを繰り返して自分に何らかの不利益が生じるとき、どこまで怒り堪えることができるのか……。

 

今回はそんな怒りに関することわざ“仏の顔も三度まで”より、数え方についての雑学です。

 

Mattia Falorettiより引用

 

  

仏の顔も三“回”まではNG

仏の顔も三度までということわざがありますが、三度を三回に言い換えることはできるのでしょうか?

 

答えは、できません

 

理由は三度と三回に意味の違いがあるからです。

 

例文を使って数え方の違いを見ていきます。

 

【“度”を使う場合の例】

・彼には一度会ってみたい

・二度目の優勝

・今度は負けない

 

 

これらに共通する数え方の違いは何でしょう?

 

“度”は、繰り返されることが予測しにくい事柄に使われる場合が多いです。

 

二度は優勝しましたが、三度目は優勝できるか分からない。

 

今の勝負には負けたけど、次も負けるとは限らない。

 

など、同じ結果になる保証がないシチュエーションでは“度”が適しています。

 

 

【“回”を使う場合の例】

・三回転ジャンプ

・第四回大会

・次回作

 

“回”は、回るという感じが示すように、繰り返される事柄に使われる場合が多いです。

 

ジャンプをしながら一回、二回、三回と同じように回転する。

 

例年開催されている大会が定期的行われる。

 

など、計画的に繰り返されることが予想されるシチュエーションでは“回”が適しています。

 

もし“仏の顔も3回まで”となってしまうと、次も同じことが繰り返されるような意味合いになってしまうため、仏の顔が立たなくなってしまうのですね。

 

やはり“仏の顔も三度まで”が適切なようです。

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