古代エジプト人の死生観~死者の書~

哲学
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古代エジプト人々は、人間は五つの要素によって構成されていると考えました。

  

・カー(魂や生命力)

・バー(性格や個性)

・レン(この世の名前)

・シュト(心の影)

・イブ(心臓)

  

人は死後、永遠の命を持って生き返ると信じられていました。

 

今回はそんな生と死の考え方を持ったエジプト人の死生観を見てみたいと思います。

 

古代エジプト人の死生観

心臓は、生き返りを果たすために決して失ってはならないものとされていました。

  

人をミイラにして保つというのは、心臓とその器である肉体を守るという意味もあったようです。

  

また、死者はカーとバーが融合した究極の形“アク”になることができれば、永遠の命を得て楽園で暮らすことができると言われていました。

  

しかし誰もが死後永遠の命と楽園を与えられるワケではありませんでした。

 

  

死者の書

「死者の書」レプリカ

死後、すべての人間は死者の審判を受けることになります。

  

審判の成り行きは、“死者の書”に書かれています。

  

死者の審判には、裁判を執行する42の神と冥界の王オシリスがいます。

  

死者は“二つの心理の間”に通され“否定の告白”を行います。

  

「生前の私は罪を犯していない」

  

と42の神々の前でひとつずつ主張するのです。

  

「①不正はしていません」「②略奪はしていません」「③暴行はしていません」・・・「㊷侮蔑はしていません」

といった感じに。

  

それが終わるといよいよ審判のときです。

 

  

心臓計量の儀

知恵の神トトの前に天秤が用意され、片方には“死者の心臓”、もう片方には“法の女神マアトの羽”が乗せられます。

  

それを正しく計量する神が冥界の神アヌビスです。

死者の書 魂の計量

(秤の目盛りをいじっているのがアヌビス神。真ん中の首が明後日の方向を向いているのが神獣アメミト。記録している鳥がトト神です。)

  

死者の魂が潔白ならば、死者の心臓とマアトの羽が同じ重さで吊り合い、永遠の命が与えられます。

  

もし罪を背負ってたならば、吊り合いがとれず天秤が傾きます。

  

罪を背負った者や、生前の行いが悪かった者の心臓は神獣(怪獣)アメミトに喰われてしまいます。

  

アメミトに喰われた心臓の持ち主は、楽園に行くどころか永遠の命さえも失い、二度と生まれ変わることがなくなります。

  

これに恐怖した古代エジプト人は、誰も見ていない所でも良い行いをするべきであるという教訓を得たのでしょうね。

 

  

理想の楽園イアル(アアル)

死者の審判で認められた者はホルス神に連れられオシリスの間に導かれます。

  

最後にオシリス王の許しを得て、彼が治める理想の楽園“イアル”で暮らすことになるのです。

死者の書 オシリス

(「こちらへどうぞ」とやっているのがホルス神、ウキウキで待ち構えるお偉いさんがオシリス王)

  

イアルの見た目は地上とそっくりで、農業など現世と同じ仕事を与えられます。

  

現世と違うことは、川の氾濫も起こらず病気や怪我などもないということです。

  

さらに言うとイアルで課せられた仕事は、死者の墓に供えられた“ウシャブティ像”が全てやってくれます。

  

そのため死者は、イアルの地で穏やかに暮らすことができるのです。

ウシャブティ像
「ウシャブティ像」

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