ウォーキングやジムでのワークアウトといった運動は、食事と並んで健康を維持する上では欠かせない要素です。
しかし、中には体に過度な負担をかけるほどの運動を行う人もいます。
ボディビルディングやアスリートなど、健康以外の目標を持って運動をする場合はそれも良いかもしれません。
しかし、健康増進という観点でみると、そういった運動が逆効果である可能性が最新の研究から分かってきました。
今回のテーマとしてまとめていきます。
参考記事)
・Study Finds Potential Downside to Vigorous Exercise That We Didn’t Know About(2024/11/18)
参考研究)
・Elucidating regulatory processes of intense physical activity by multi-omics analysis(2024/10/18)
運動後のアスリートは上気道感染症の発症率が高い
激しい運動が健康に及ぼす影響は、これまで多くの研究で取り上げられてきました。
一般的には、運動と健康とは関係性が深く、免疫システムが強化されることで病気の予防に繋がるといったことは良く知られています。(Impact of exercise on the immune system and outcomes in hematologic malignanciesより)
しかし、太平洋北西部国立研究所(PNNL)の研究によると、過度に激しい運動は短期的に免疫システムを抑制する可能性があることが明らかになりました。
2023年に発表されたこの研究は、消防士を対象としており、激しい運動後の体液分子に注目して分析されました。
約4,700種類の運動後の分子を分析した結果、この影響が明らかになり、特に緊急対応者やアスリートのように身体的に過酷な仕事をする人々にとって、重要な知見となる可能性があります。
これを受けPNNLの生物医学科学者のエルネスト・ナカヤス博士は、次のように述べています。
「体力がある人は、激しい運動直後にウイルス性呼吸器感染症にかかりやすい可能性がある。炎症活動の低下が感染への抵抗力を弱める要因の一つかもしれない」
これまでの研究では、アスリートが激しい運動を行った後に自己申告した上気道感染症の発症率が一般人よりも高いという報告があります。
しかし、これが単なる相関関係なのか、それとも因果関係があるのかは明らかになっていません。
運動後の体内変化と免疫への影響
運動と炎症との関連性を明確にするために、ナカヤス博士の研究チームは、11人の消防士を対象に詳細な実験を行いました。
消防士たちは、約20キログラムの装備を身に着けた状態で45分間丘陵地を歩くという過酷な運動を行い、その前後で血漿、尿、唾液が採取されました。
その結果、体内での液体、エネルギー、酸素の増加に対応する生理的変化が確認されました。
その中で特に注目されたのが、炎症に関連する分子の減少と、血管を拡張する役割を持つ「オピオルフィン」という分子の増加です。
研究チームは、次のように述べています。
オピオルフィンは、モルヒネに似た鎮痛作用をもち、運動中においては筋肉への血流を増加させ、運動機能を向上させるはたらきがあるとされています。
一方で、唾液中の炎症分子が減少していたことについては、体が酸素需要の増加に適応するための一時的なメカニズムである可能性が示唆されています。
この変化は免疫システムの抑制を意味するのか、それとも別の適応的な変化であるのか、さらなる研究が求められます。
口腔内の変化と抗菌ペプチド
運動後、参加者の口腔内微生物叢(マイクロバイオーム)にも変化が見られました。
特に、唾液中の抗菌ペプチドの増加が観察されました。この増加は免疫抑制に対抗する反応である可能性があると考えられています。
研究チームは、「抗菌ペプチドの増加は、大腸菌の増殖抑制には効果が見られなかった。したがって、口腔内での抗菌ペプチドの能力には限界があるだろう」と述べています。
運動が健康に与える恩恵は疑いの余地がありません。
気分を高め、体力を向上させ、免疫システムを強化するなど、多くのメリットがあります。
しかし、この研究は、運動による身体的変化の中で一部の免疫抑制の兆候が観察されたことを指摘しています。
この研究の目的について、PNNLの化学者クリスティン・バーナム=ジョンソン博士はこう説明しています。
「我々は、運動による疲労によって発せられる体の危険信号を深く知りたいと考えた。この知見を活用して、消防士、アスリート、軍関係者が激しい運動に伴うリスクを軽減できるようにしたい」
今後の課題
一部の科学者は、これらの変化を免疫抑制ではなく、むしろ「免疫監視と免疫調整の高度化」の兆候であると解釈しています。
さらに、この研究は消防士という特殊な職業環境や、限られた参加者数(男性のみ)であることも結果に影響を与えている可能性があるため、一般化には注意が必要です。
しかし、過去の研究と合わせると、激しい運動と呼吸器感染症の発症率の上昇には一定の関連性があると考えられます。研究チームは次のように結論づけています。
「身体的負荷の高い活動と呼吸器感染症の発症率との間には、関連性を示す証拠が存在する。」
まとめ
・激しい運動が一時的に免疫システムを抑制する可能性がある
・炎症分子の減少や抗菌ペプチドの増加が確認されましたが、これが免疫抑制を意味するのか、別の適応的変化なのかは議論が必要
・激しい運動が短期的に感染リスクを高める可能性があることが示唆されており、アスリートやボディビルダーなど高負荷の運動を生業としていう人などは注意が必要
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